Side凪波

キスをしている。
舌を絡めあうキスを。
くちゅくちゅ、と言う水音が私の口の中で響く。
恥ずかしい行為だと分かっているけれど、やめられない。
とても心地いいと、体の奥が感じている。

その人は、私の髪をぐしゃぐしゃにして、激しく私の舌を求める。
何度も角度を変えてくる。
口が離れてはまた塞がれ、離れては塞がれの繰り返し。
こんなキス、私はしたことがないはずなのに、どうしてこの人の動きがわかるんだろう。

そして、どちらからともなく、体を離した。
それでも、暗くて深い……彼の瞳に、私の姿がわかるくらいは近い。
初対面のはずなのに、どうしてこんなにこの位置にいることが心地いいんだろう。

「探したよ」
その人は言った。
「帰ろう、迎えにきたんだ」
そう言って手を差し伸べてきた。
私はその手を取ってはいけない気がした。

「私のこと、知っていらっしゃるんですか?」
「何言ってるの?凪波?」
「確かに私の名前は凪波と言いますが……」
「そうだよ、君は、僕の凪波なんだ」

僕の?どういうこと?
その時、電車がホームに入ってくるアナウンスが響く。
「さあ、次の電車で一緒に帰ろう。君はこんなところにいてはいけないよ」
「待ってください!」
そう言うと、その人が私の左手……朝陽からの指輪が嵌められている手を握る。
その人の手で、指輪が見えなくなってしまう。
「凪波、僕はもう、充分に君を待ったよ。一緒に暮らしたあの部屋で」
「あの」

自分の記憶がないことを伝えなくてはと思っても

「もう1秒たりとも、待ちたくないんだ」

その人は私に何かを発言することをさせないように、次から次へと言葉を発する。
まるで普段言葉を使うのに慣れているみたいだ・

電車がホームにすべりこんでくる。

「さあ、凪波」

電車の扉が開く。

「心配はいらない。君の物は、僕がまた揃えてあげるから」
「だから、待ってくだ」
「君はその身一つで、僕の側にいてくれればいいんだ」

そう言うと、その人は私を電車の中へと引っ張ろうとする。
お願い、話を聞いて……!!

その時だった。
「凪波!!!」
朝陽の声がしたと思ったら
「朝陽!?」

私の体はぐいっと引き戻されて。
私の手はその人から剥がされ。
そしてその人は……。

「てめえ!凪波に何しやがるんだ!」
朝陽が、その人をホームに突き飛ばした。