Side朔夜

僕は、彼女の側に近づいた。
東京に連れてきた時は、支え無しで歩くのもやっとの状態だった。
出血していたのか、もしくは薬の影響なんかもあったのだろうが。
今は、包帯こそそのまま巻いてはいるものの、表情は何故か明るい。
水に映る月が、そう見せているのだろうか。

「あのさ……」
「はい」

僕が話しかける。
彼女から、今までに無いほどの、素直な返事がきた。
だから逆に、僕が言葉を続けることが、できな買った。

……今、僕は彼女に、一体……何を言えばいい?

部屋を抜け出したことを、咎めればいい?
だけど、部屋から出るなと、彼女に直接言ったわけではない。
かつての僕と彼女の関係ならば、そんなことすらも言い訳にして彼女を抱く言い訳にしたかもしれない。

でも、それが正解ではないことだけはわかる。
じゃあ、何が正解?

「何を……しているの?」
無難すぎる僕の言葉。
それに対して、彼女からの返事はない。
彼女は、ゴロンと背中を地面につけて、空と向かい合った。
僕は、一瞬彼女がまた倒れたのではないかとゾッとしたが、目をパチパチと瞬きさせていたので、少しだけホッとした。

僕は、彼女の横に座り、彼女の同じように足を水につけてみた。

「冷たい……」

僕がそう言うと、彼女はクスクスと笑う。
僕も、釣られて少しだけ笑い、そして彼女と同じように地面に背中をつけてみた。

そして、どちらからともかく、笑いが止まる。
空に意識が吸い寄せられそうに思えた。
月と、少しの星しかない夜。
あの日、彼女を捕まえた日の夜が記憶に蘇る。

「見たかった……」
無邪気な表情をした彼女は、ぽつりと言った。
「何を?」
「星……」
「……どうして?」

彼女は、しばらく黙ってしまった。
僕は、彼女の顔を見ようと、顔だけ彼女の方に向ける。
彼女は、右手を伸ばしていた。
まるで、星を掴もうとしているかのように。

僕は、その手が星に取られるのが怖くて、気がつけば彼女の手を僕の左手で握ろうと、体を動かした。

自然と、彼女に覆い被さる形になってしまった。
再び、彼女と目が合う。
その瞬間だった。
一気に彼女の顔から笑顔が消えた。
僕はその瞬間に、心が抉られるような痛みを与えられる。

「あの……」
彼女が、口を開く。
「何?」
僕は、動揺を隠すのに必死だった。
「……こう言うこと……本当にしていたんですか?私達……」
「どう言うこと?」
「ごめんなさい……私……わからないんです……。あなたのような人が……本当に私の恋人だったなんて……やっぱり信じられなくて……」

やめてくれ。
凪波の顔をして。
凪波の声をして。
凪波の香りをする君が。
僕を拒絶しないで。
どうか。

彼女の唇に自分の唇を強く押し当てるキスを、僕はする。
彼女は僕の胸をどんどんと叩いている。
薄めで彼女の表情を見ると、とても苦しそうな顔で、つぶった目の端から涙が溢れる。
僕は、彼女の涙を舌で拭ってから、唇を開かせようと、舌で彼女の唇を舐める。

僕が知っている、甘くておかしくなりそうな味がする。
彼女が苦しそうに唇を薄く開いた瞬間に、僕は彼女の口の中に入り込む。
その行為は、かつての、愛を伝えるためのものではなく、愛を思い出してもらうためのもの。

どうか、どうか応えて。
どうか思い出して。
僕を。