『……七瀬様、申し訳ないのですが……』

 執事、小野寺がなにかを言おうとした。

 だけれど、次第に言うのをやめてしまった。

『……くるちゃん遅いなぁ……』

 着いたからもう1時間も経ってしまっていたらしい。

『……』

 当時の俺は、初めて頬が濡れた。

『なにこれ……』

 目から水が勝手に出てくる。

『な、七瀬様……』

『……ぅっ……』

 次第に俺はうつ伏せて、水、涙がもっと溢れた。

 裏切られたのだろうか。こんなに楽しみにして、人を信じられたのも初めてで、泣いたのも初めてで、全部が全部溢れて……でも、聞こえてくるのは始まってしまった花火の音と、コツコツとヒールの音。

『——ちゃん……ななちゃん!!!』

 その声にはすぐ反応して、顔を上げて見えたのは、ドレスをきて、後ろには花火が上がっている、まるで舞踏家から逃げてきたシンデレラのような、くるちゃんがいた。

『くるちゃ——』

 正面から思い切りギュッと抱きつかれる。

『ごめんね!!!なんか、パーティーの予定が急遽入っちゃって……』

『……ううん』

 くるちゃんは嘘をついているようには見えないし、ドレスの裾は少し汚れていて、いまにも折れてしまいそうな細い足も、砂埃が付いていた。