『次は、翠ノ丘〜翠ノ丘〜翠川大学病院に行かれる方はこちらでお降りください』


 数時間前まで銀色の大きなビルが並んでいたが、今はそんなものはなく緑色の風景が電車から見える。


「柚葉ちゃん、ここで降りるよ」


 叔母さんにそう言われて立ち上がると、電車から降りた。


「はい……」


 私は、一条(いちじょう)柚葉(ゆずは)。ある理由で都会から離れた田舎町に1人でやってきた。
 電車を降り改札を出ると、「おーい!」と手を振って待っている男性がワゴンカーの前にいた。


「柚葉ちゃん、いこうか」

「は、はいっ」





 叔母さんの早足について行くのは大変だ。確か、この人は元々陸上部でランニングが趣味らしい。


「やぁ、柚葉ちゃん。こんな田舎に来てくれてありがとうなぁ」

「いえ……今日からよろしくお願いします、叔父さん叔母さん」

「いやぁ、こちらこそ。さぁ、乗って乗って」


 叔父さんに促されワゴンカーに乗り込むと、叔母さんが助席に乗る。そして、運転席の叔父さんがエンジンをかけるとすぐに走り出した。






「疲れたでしょう? 都会とは全く違うかもだけど、なんでも言いな」

「あ、はい……」

「それでも優里(ゆり)から電話きてびっくりしたよ」


 優里とは、私の母で叔母さん……美里(みさと)さんにとったら母は妹だ。


「心配しないでいいんだからね、新しい学校も近いから。あ、でもコンビニはないんだけど」

「はい、母に聞きました」

「そぉ?」


 私がお世話になるお家は、翠川村(みどりかわむら)という小さな村だ。母曰く、何もない場所だと聞いている。





『長閑かでいい場所ではあるからきっと柚葉なら気にいるはずよ』


 ここに来る前に母に言われたことだ。彼女は翠川村が嫌いらしく来なかったけど。

 ……いや、違う。私みたいなのが居なくなって嬉しい筈だ。今頃、喜んでいるんじゃないかな。


「もうすぐ着くでね」


 だんだんガタゴト道になってそれを曲がれば、キラキラ輝く海が左側に広がっていた。それからすぐ、赤い屋根ね一軒家が見えてそこに入った。


「さぁ、柚葉ちゃん。ようこそ」

「ありがとうございます」






 車から降りると、叔母さんが私の荷物を持ってくれて私は後ろについて追っかける。


「柚葉ちゃん、部屋案内するねぇ。こっちだよ」


 家の中にある階段を登ると3部屋あってその中の奥にある部屋のドアを美里さんが開けた。


「柚葉ちゃんの好み分からなくて、まだ何もないけどまた買いに行こうね」

「いえ……そんな、」

「遠慮しないでいいからね、本当何もないから」


 部屋を見渡すと、本当に何もなかった。あるのは布団と窓。それに窓から見える海の景色だけだ。






「……わ、わかりました」


 私はそう答えるしかない。だって、朝までいた都内にあるマンションの自分の部屋とは全く違うから。


「じゃ、何かあれば下においで。今日はゆっくりしなさいね」

「ありがとうございます」


 叔母さんは部屋のドアを閉めるとすぐに階段を降りる音が聞こえて私は窓のそばに行き窓を開けた。


「海ってこんなに綺麗なんだ……」


 私はボストンバックを開けると、服と教科書を取り出すと小さな箪笥に入れた。


「……小さいけど私の荷物にはぴったりかも」








 服は普段着が3着に部屋着が2着と高校の教科書しかない荷物はなんだか寂しくて、だけど解放された感があって清々しい気持ちになった。


『柚葉、なんでだ。何故思うように出来ないんだっ』

『ごめんなさい……っ』

『子どもは葉月(はつき)だけでいい─︎─︎』



 そう冷たい声と冷たい目で私をみた父の姿を思い出して虚しくなる。ここではちゃんとやらなきゃ。


「柚葉ちゃーん! お昼ご飯出来たよ〜」


 叔母さんの声が聞こえて時計を見る。もう12時が回っていてそれを見た瞬間にお腹が盛大にお腹が鳴った。


「お腹空いた……」


 私はそう呟いてから下に降りる。すると、なんだか美味しそうな匂いが漂っていた。




「柚葉ちゃん、あまりいいものがなくてねお昼は普通のご飯なんだけど」

「とてもおいしいです」


 白米と味噌汁、それと筍と海鮮の煮物。どれも美味しくて優しい味で……幸せな気持ちになる。

 こんなご飯、久しぶりだなぁ。


「そう? 良かった。柚葉ちゃんは都会っ子だし、洋風がいいかなと思ったんだけど、お洒落な食材はなくてね」

「いえ、私はこういう和食好きです」

「それは良かった。そうだ明日、近所に挨拶まわりしなくてはいけないんだ。一緒にきてね」


 挨拶か……人に会うのは嫌だけど、でも私はお世話になるんだからしかたないか。






「はい、よろしくお願いします」

「堅いなぁ……楽にして、くつろいでいいんだよ」

「う、うん……」


 叔父さんは「ごちそうさま」と言うと外に出かけて行った。


「柚葉ちゃん、ゆっくり食べていいからね。私はちょっと出かけるから」

「はい、いってらっしゃい」



 美里さんはエプロンを取ると「16時には帰るからね」と言い、家を出て行った。昼食を食べて食器を片付けると、部屋に戻った。だけどやることがなくて、床に寝転がる。







「暇だな……」


 いつも何やってたんだろう……父の理想に近づくために必死に机に向かい勉強した自分の姿だ。私って何もないし、やりたいことなんて一つもない。


「新しい学校、どんなとこなんだろ……」


 お母さんが嫌いと言ったこの村。確かに何もないし、学校がどこにあるのかわからないし、海しかないし、おまけにお店もない。都内とは全く違う世界だけど頑張らなきゃ。






 ***

 翌朝、起きて部屋着のまま下に降りると美里さんと叔父さんがもう起きていてこちらを見た。


「お、おはようございます……」

「柚葉ちゃん早起きなのね、まだ6時半よ。休日なのに」

「いつもこの時間に起きていたので……何か手伝います」


 私は腕まくりをすると手を洗うと、美里さんは「嬉しいわね」と言って微笑む。


「じゃあ、ご飯盛ってくれるかな?」

「はい」


 茶碗としゃもじを受け取り炊飯器を開けた。


「柚葉ちゃん、今日は挨拶回りの前に買い物しに行くでね。買いたいもの考えて」

「わかりました」

「これ、運んでくれる?」


 私はトレーにご飯やお味噌汁、焼き鮭を乗せると叔父さんがお茶を飲んでいる場所に運ぶ。




「おお、柚葉ちゃん早よ起きただな。おはようさん」

「おはようございます、おじさん」

「ゆっくり眠れたか?」


 トレーからご飯を並べながら「はい、とっても」と言うと叔父さんは「そうかい、良かったなあ」と豪快に笑った。


「煎茶は好きかい? これ新茶なんだけど飲みん」

「あ、はい。ありがとうございます」


 私は席につき、美里さんが座ると「いただきます」と手を合わせると箸を持って焼き鮭に手を付けた。ご飯中は無言だったけど、それはピリピリした感じではなくてとても楽しくて落ち着いてご飯が食べれた。





 部屋に戻ると白のニットチュニックとワインレッドのスキニーパンツを履いて小さい鞄に財布を入れてから茶の間に向かう。


「あらまあ、可愛いじゃん。じゃあ行こうかね」

「はい、よろしくお願いします」




 家を出て三人で車に乗り一時間ほどでショッピングモールが見えてきた。


「ここら辺じゃ一番大きいんだ、オシャレなもんはないけんど必要最低限のものは揃ってるから」


 確かに大きいしここだけなんか目立っている感じがする。休日だから人もたくさんいて家族連れやカップルがたくさんいた。


「まずは机とか見にいこうか、家具はこっちだ」


 店内に入るとすぐにエスカレーターに乗り込み、3階を目指す。3階に着くと家具売り場と看板があり、叔父さんは何も言わないままどんどん先に進んでいった。

「なんでも好きなもん選んでいいよ」






 簡単にシンプルにしようと決めていたのにシンプルの種類もたくさんあってどれも良くて選べない。

 シンプルって人気なのかな……こんなに種類があるなんて思わなくて、あの部屋にピッタリそうなブラウンのローデスクを選んだ。その後も、スタンド鏡や簡易的なクローゼットにマグカップなどの食器も買ってくれた。


「ありがとうございます」

「いいんだよ、俺らも嬉しいんだよ。娘ができたみたいで」

「叔父さん……」


 こんなに買ってもらって申し訳ないなと思っていたけど、笑顔でそう言われるとなんだか嬉しくなった。美里さんも叔父さんも笑顔がとってもお似合いの人だな。本当に二人の娘だったら幸せだろうな、なんて思いながら先を歩いて行ってしまった二人を追いかけた。







 ***


「ごめんください〜! 美里ですー」


 インターフォンを押し、美里さんが大きな声で叫ぶと「はーい」と家の奥から聞こえて玄関のドアが開いた。


「美里さん、こんにちは」

「こんにちは、幸子(さちこ)さん。この子が柚葉ちゃん。これからよろしくお願いします」


 私は軽く頭を下げる。


「私、一条柚葉です。よろしくお願いします」

「柚葉ちゃんね、よろしく。幸子です。うちも柚葉ちゃんと同い年の子がいるんだよ」


 同い年か、じゃあ同じクラスになるのかな。


「よろしく頼むねぇ」


 誰かと仲良くなるつもりはないけど、でも。
 ここは社交辞令だよね、うん。


「こちらこそよろしくお願いします」


 ご近所さんに挨拶をし終わると、すぐ夕飯になり私も美里さんのお手伝いをしてご飯を食べると1日が終わった。