「私は別に……いても、上手くいきそうにない
から……」

 彼女らしからぬ、歯切れの悪い物言いでそう
言うと、ふい、と目を逸らして、またパスタを
くるくるとフォークに巻き始めた。

 「そう、なんですか……」

 と、蛍里は呟く。
 そうして、聞かなきゃよかったと後悔しなが
ら、蛍里もまた少し冷めたパスタを食べ始めた。

 それから数十秒後には、結子が笑顔を取り戻し
て、話題も、その場の空気もすっかり変えてく
れた。

 蛍里はその事に安堵しながら、デザートのバス
ク風チーズケーキに舌鼓を打った。






 「折原さん!」

 結子と2人、ランチを終えてフロアに戻る
廊下の途中で、蛍里を背後から呼び止める声が
あった。
 その声に振り返れば、同期で販売促進部の
滝田 敦史(たきた あつし)が、こちらに足早に寄ってくる。
 
 滝田は小さな紙袋を手にかざしながら、蛍里
の前に立った。

 「滝田くん。お疲れさま」

 蛍里がやんわりと笑って見上げると、滝田は額
に滲む汗を手の甲で拭いながら白い歯を見せた。

 季節は秋分を過ぎているが、昼間の日差しは
スーツ姿にまだ暑い。

 「お疲れ。会えて良かった。いま、外回りから
戻ったとこなんだ」

 そう言いながら、滝田は紙袋を蛍里に手渡し
た。中をちら、と覗けば、分厚いチョコレート
チャンククッキーが数枚入っている。

 蛍里の好きなやつだ。

 「これ。アルパ・アンジェラの店長に用があっ
て行ったから、差し入れ。好きだって言ってた
よね?あの店のクッキー」

 にんまりと笑って蛍里の顔を覗く滝田に、
蛍里は目を丸くして頷いた。

 確か、滝田にこのクッキーが好きだという話
をしたのは、新人研修で同じグループになった
時だ。

 「うん、ありがとう。覚えてくれてたんだね」

 素直に、純粋に、彼の記憶力というものに驚き
ながら、蛍里は嬉しそうに笑った。

 滝田が照れくさそうに、頭を掻きながら視線
を外す。頬が赤くなっているように見えるのは、
きっと、気のせいだろう。

 「ああ。たまたま、クッキー見て思い出した
ってゆーか。まあ、喜んでくれて良かった。
じゃあ俺、いまから昼飯行ってくるわ。またな」

 すれ違う社員たちの好奇な眼差しが気になった
のか……。

 ひらりと軽く手を振って滝田がいま来たばかり
の出口に戻ってゆく。

 蛍里はその背中に「行ってらっしゃい」と声を
かけると、隣でその様子を見守っていた結子を
向いた。

 「クッキー、ちょうど6枚入ってるんです。
だから半分、五十嵐さんにお裾分けしますね」