大通りから住宅街へ入ると、蛍里は「次の路地
を左です」と、道案内をした。少し走った視界の
先に、我が家が見える。
リビングの灯りがついている。ということは、
拓也も無事に帰宅している、ということだ。
「ありがとうございました」
自宅まで送ってくれた専務に礼を言いながら、
蛍里はシートベルトを外した。いえ、と専務が
蛍里を向く。
そして、何か言いたそうに、じっと蛍里を
見つめた。
蛍里は車のドアノブに手をかけながら、彼を
覗いた。
「専務?あの……」
「……気付いて、いないんでしょうね。
あなたは」
「えっ、気付いてないって……何がですか?」
唐突に、意味の分からないことを言われ、
怪訝な顔をした蛍里に、専務は、我に返った
ように首を振る。
無意識に、口から出てしまった言葉だろうか?
取り繕うように、いつもの笑みを浮かべる
専務に、それ以上何も訊くことはできなかった。
「いえ、何でもありません。気にしないでく
ださい。それより、ご家族が心配しているで
しょう?早く帰って安心させてあげないと」
拓也の部屋の灯りに目をやって、専務が目を
細める。
蛍里は、はい、と頷いて車から降りると、
不意に、彼に伝えるべきことを思い出し、
振り返った。
そうして、開いている車窓しゃそう越しに
言った。
「あの、地震の時、わたしを庇ってくれて、
ありがとうございました。背中にファイル、
当たりましたよね?アザになってなければ
いいんですけど……」
はにかみながら、そう言った蛍里に専務が
目を見開く。蛍里は気付いていないと、そう
思っていたのだろう。
そして、蛍里から言わなければ、彼がその
ことを口にすることは、きっとない。
心配そうに顔を覗き込んでいる蛍里に、
彼は微笑を浮かべると、ゆっくり被りを振った。
「あなたが心配するようなことは、何も。
でも、そうですね……もし、後に残るような
アザが出来ていたら、責任を取ってもらいま
しょうか」
「責任、ですか?」
専務の言葉に、蛍里は一瞬、緊張から声を
詰まらせる。
その蛍里を、可笑しそう見やりながら、
専務は笑んだままで言った。
「はい。責任を取って、僕を貰ってください」
-----冗談だと、わかっていた。
わかっていても、彼のその言葉に、蛍里は
どう答えていいかわからなかった。
2人の間に、微妙な空気が流れてしまう。
その言葉の通りにできるなら、嬉しいとさえ
思ってしまう自分に、蛍里は頬を強張らせて
しまった。
「冗談ですよ。真に受けないでください」
沈黙を破ってくれたのは、やはり専務だった。
を左です」と、道案内をした。少し走った視界の
先に、我が家が見える。
リビングの灯りがついている。ということは、
拓也も無事に帰宅している、ということだ。
「ありがとうございました」
自宅まで送ってくれた専務に礼を言いながら、
蛍里はシートベルトを外した。いえ、と専務が
蛍里を向く。
そして、何か言いたそうに、じっと蛍里を
見つめた。
蛍里は車のドアノブに手をかけながら、彼を
覗いた。
「専務?あの……」
「……気付いて、いないんでしょうね。
あなたは」
「えっ、気付いてないって……何がですか?」
唐突に、意味の分からないことを言われ、
怪訝な顔をした蛍里に、専務は、我に返った
ように首を振る。
無意識に、口から出てしまった言葉だろうか?
取り繕うように、いつもの笑みを浮かべる
専務に、それ以上何も訊くことはできなかった。
「いえ、何でもありません。気にしないでく
ださい。それより、ご家族が心配しているで
しょう?早く帰って安心させてあげないと」
拓也の部屋の灯りに目をやって、専務が目を
細める。
蛍里は、はい、と頷いて車から降りると、
不意に、彼に伝えるべきことを思い出し、
振り返った。
そうして、開いている車窓しゃそう越しに
言った。
「あの、地震の時、わたしを庇ってくれて、
ありがとうございました。背中にファイル、
当たりましたよね?アザになってなければ
いいんですけど……」
はにかみながら、そう言った蛍里に専務が
目を見開く。蛍里は気付いていないと、そう
思っていたのだろう。
そして、蛍里から言わなければ、彼がその
ことを口にすることは、きっとない。
心配そうに顔を覗き込んでいる蛍里に、
彼は微笑を浮かべると、ゆっくり被りを振った。
「あなたが心配するようなことは、何も。
でも、そうですね……もし、後に残るような
アザが出来ていたら、責任を取ってもらいま
しょうか」
「責任、ですか?」
専務の言葉に、蛍里は一瞬、緊張から声を
詰まらせる。
その蛍里を、可笑しそう見やりながら、
専務は笑んだままで言った。
「はい。責任を取って、僕を貰ってください」
-----冗談だと、わかっていた。
わかっていても、彼のその言葉に、蛍里は
どう答えていいかわからなかった。
2人の間に、微妙な空気が流れてしまう。
その言葉の通りにできるなら、嬉しいとさえ
思ってしまう自分に、蛍里は頬を強張らせて
しまった。
「冗談ですよ。真に受けないでください」
沈黙を破ってくれたのは、やはり専務だった。



