冷えた風が吹いて、蛍里は肩を竦める。
 少し肌寒かったが、こんな綺麗な月明かりの
下を、いつものように早足で歩いてしまうのは
勿体ない気がした。

 そうだ。
 コンビニで温かい物でも買って、飲みながら
帰ろう。

 そう思い至って、いま歩き出したばかりの道
を戻ろうとした、その時だった。

 振り返った蛍里の目の前に男の人が立ってい
て、蛍里は思わず声をあげた。

 「ひゃ…っ!!」

 驚きに両手で口を覆いながら、その人物を見上
げる。するとそこには、白い月明かりに照らされ
た、昼間、蛍里にクッキーを差し入れてくれた、
滝田が立っていた。

 「滝田くん!?びっくりした」

 驚き顔のまま、声をひっくり返して自分の名
を呼んだ蛍里に、滝田がははっ、と白い歯を
見せる。

 パンツのポケットに両手を突っ込んで、少し
背を屈めると、滝田は蛍里の顔を覗き込んで
言った。

 「ごめんごめん。折原さんの背中が見えたか
らさ、声をかけようとしたところだったんだ」

 「なんだ、そっか。滝田くんも、いま帰り?」

 「いや。俺は夜食を買いにコンビニ行くだけ。
折原さんこそ、駅は向こうだろう?どっか、
寄り道でもするの?」

 信号を渡った先に見えるコンビニに目をやっ
て、滝田がまた蛍里の顔を見る。

 蛍里は淡く笑みを浮かべながら頷くと、夜空
を見上げた。

 「月がね……あんまり綺麗だから、コンビニ
で温かい飲み物でも買って、のんびり歩こうか
なって」

 そう言いながら、ゆっくりと信号に向かって
歩き出した蛍里の隣に、滝田が並ぶ。

 滝田も夜空を見上げると、なるほどね、と
笑って頷いた。

 「ささやかなお月見ってわけか。いいね、
折原さんらしい」

 そう言って笑みを深めた滝田の横顔を見やる
と、蛍里は口を尖らせた。

 「あー。いま、少女趣味だとか思ったで
しょう?」

 点滅していた信号が青に変わって、2人歩き
出す。信号を渡れば、コンビニはすぐ目の前だ。

 「そんなこと思ってないって。純粋に、折原
さんらしくていいなと思っただけだよ。それに
俺、折原さんのそういうところ、好きだし……」

 何げなく。自然に。

 会話の途中でそんなことを言われて、蛍里は
言葉に詰まってしまった。

 話はそこで途切れてしまう。
 滝田は前を向いたままで、蛍里を見ていない。



-----きっと、言葉の綾だ。



 彼は“蛍里”が好きなのではなくて、蛍里の
“そういう部分”が好きだと言ったに違いない。

 滝田の言葉を、自分の中でそう受け止めた時
だった。

 蛍里の目の前でコンビニの自動ドアが開いた。