少年はつぶやきに反応し、身をこわばらせた。絃乃の顔を凝視し、かすれた声で問いかける。
「……まさか……香凜……?」
「っ!……本当に音夜なの? だって、ここは……あなたも転生していたなんて」
信じられない。こんな偶然があるだろうか。
興奮して声がうわずる。
「今はどこで暮らしているの? 私はね――」
けれども、続く言葉は彼の大きな手のひらによって塞がれ、飲み込む羽目になった。
「香凜。お願いだから、俺のことは忘れて」
「どうして? せっかく再会できたのに。そんなことより、音夜はここで何を……」
前世での馴染みで話しかけると、しかめ面で返される。
「俺は今、白椿家のお嬢様を探しているんだ。だから今、姉さんと話している時間はない」
思いがけない言葉が飛び出し、絃乃は目を丸くした。
前世の弟はすげない態度で、あっちに行けと目でアピールしてくる。
「……お探しの白椿絃乃なら、私のことだけど? 一体なに、どういうこと?」
「は?」
「ここの屋敷の娘は私よ。せっかく再会した前世の姉より大事な用事って、どうせろくなことじゃないんでしょうけど」
すねたように言うと、音夜は鳩が豆鉄砲をくらったように言葉をなくしていた。
これはまだ信じていないかもしれない。
絃乃は風呂敷から教科書を取り出し、その裏面に自筆で書いた氏名を見せる。
「……嘘や冗談じゃなくて? 本当に姉さんが絃乃だっていうの?」
「まだ信じられない?」
「……いや、ここにいる時点で充分な証拠だけど……本当に?」
「音夜は疑い深いのね。こんなこと嘘ついてどうするの。何のメリットもないじゃない」
彼はくそっと悪態をついたかと思えば、そのまましゃがみこんでしまった。
目元を手で覆い、何の冗談なんだよ、とつぶやいている。
「大丈夫? お茶でも飲んでいく?」
「……いや、いい」
ゆっくりと立ち上がった音夜は目をそらし、世を儚むように空を見上げる。
「…………どうやら、俺は転生しても弟のままらしい」
絶望したような嘆きが聞こえてきて、絃乃はぱちくりと目を瞬く。
言葉を反芻し、やがて、その意味を考えて息を詰まらせた。
「弟って……どういうこと?」
「だから、俺は葵なんだよ」
「そんなわけ……だって、私の弟は神隠しにあって……」
「生きていたんだよ。いろいろあって記憶喪失になっていたけど、前世の記憶と一緒に何もかも思い出したんだ」
予想外の告白に頭が回らない。
六年前の記憶を呼び起こす。ある夜、一人だけ忽然と消えた弟。
(雰囲気が違っていたから、すぐには気付なかったけど……確かに弟の面影がある……)
色白だった肌は健康的な肌色になっていて、声も記憶のものと違う。だが自分を見つめるその瞳に宿る優しい色は、双子の弟とよく似ていて。
やっと記憶の中にいた面影と、目の前の少年が頭の中で一致する。
「え、それじゃあ……帰ってきたの?」
「……それは……」
「だって、そうでしょう? 記憶が戻ったのなら、あなたの家はここじゃない」
「そうだけど、俺は狙われているんだ。だからまだ戻れない。ここには姉さんの様子を見に立ち寄っただけで、本当はすぐ帰る予定だったんだ」
葵はじりじりと後退して背を向け、逃がすまいと絃乃が距離を詰める。
「ここには長居できないから……」
「待って、音夜!」
今にも走り去ろうとする葵に向かって、懸命に呼びかける。
「……音夜じゃない。須々木葵、それが今の名前だから」
「今はどこにいるの? 須々木ってどういうこと?」
矢継ぎ早に質問を繰り出すと、後ろから下駄の音と話し声が聞こえてくる。
葵は足音の方向をちらちらと見ながら早口で答えた。
「それも教えられない。いいか、姉さん。ここで会ったことは他言無用だからな!」
それだけを言い置いて、葵は脱兎のごとく逃げ出した。
その場に残された絃乃は彼が消えた方向を見つめることしかできなかった。
12. 水くさいですわ
夏休みが終わり、いつもの日常が戻ってきていた。
久しぶりに会う級友たちはどこへ行ってきたの、珍しい舶来品を手に入れたの、と話題に事欠くことがない。
いつもなら楽しく聞く話でさえ、今は耳を素通りしていくばかりだった。
(……もう、前みたいに話せないのかな……)
去り際の弟の様子を思い出し、切なさがこみ上げる。
せっかく会えたのに、名前しか聞き出せなかった。しかも他言無用と言われてしまっては、誰かに相談することもできない。もちろん、両親にも言えるわけがない。
葵は六年前に行方不明になった家族で、月日が経ってもその傷はまだ癒えていない。両親も表面上は取り繕っていても、心の整理はできていないままなのだ。
実際に会った絃乃でさえ、いまだに夢見心地なのだから。
それに、一番の懸念事項は彼の姿だった。
(探していた書生は……葵なのかもしれない)
彼は、姉の様子を見に来たと言っていた。あれがフラグだった可能性が高い。本当なら、ヒロインが絃乃の家に遊びに来るシーンがあったのかもしれない。
(生きていた……本当に生きていたなんて。しかも、前世の弟だったなんて)
今でも信じられない。都合のいい夢でも見ていたんじゃないかと勘ぐってしまう。
このぐるぐると渦巻く気持ちと、どう折り合いをすればいいのか、まるでわからない。
さすがにこんな事態、予想だにしていない。自分で抱え込むには大きすぎる問題だ。叶うならば、どの選択肢が正しいのか、今すぐ攻略サイトで確認したかった。
「……まさか……香凜……?」
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信じられない。こんな偶然があるだろうか。
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けれども、続く言葉は彼の大きな手のひらによって塞がれ、飲み込む羽目になった。
「香凜。お願いだから、俺のことは忘れて」
「どうして? せっかく再会できたのに。そんなことより、音夜はここで何を……」
前世での馴染みで話しかけると、しかめ面で返される。
「俺は今、白椿家のお嬢様を探しているんだ。だから今、姉さんと話している時間はない」
思いがけない言葉が飛び出し、絃乃は目を丸くした。
前世の弟はすげない態度で、あっちに行けと目でアピールしてくる。
「……お探しの白椿絃乃なら、私のことだけど? 一体なに、どういうこと?」
「は?」
「ここの屋敷の娘は私よ。せっかく再会した前世の姉より大事な用事って、どうせろくなことじゃないんでしょうけど」
すねたように言うと、音夜は鳩が豆鉄砲をくらったように言葉をなくしていた。
これはまだ信じていないかもしれない。
絃乃は風呂敷から教科書を取り出し、その裏面に自筆で書いた氏名を見せる。
「……嘘や冗談じゃなくて? 本当に姉さんが絃乃だっていうの?」
「まだ信じられない?」
「……いや、ここにいる時点で充分な証拠だけど……本当に?」
「音夜は疑い深いのね。こんなこと嘘ついてどうするの。何のメリットもないじゃない」
彼はくそっと悪態をついたかと思えば、そのまましゃがみこんでしまった。
目元を手で覆い、何の冗談なんだよ、とつぶやいている。
「大丈夫? お茶でも飲んでいく?」
「……いや、いい」
ゆっくりと立ち上がった音夜は目をそらし、世を儚むように空を見上げる。
「…………どうやら、俺は転生しても弟のままらしい」
絶望したような嘆きが聞こえてきて、絃乃はぱちくりと目を瞬く。
言葉を反芻し、やがて、その意味を考えて息を詰まらせた。
「弟って……どういうこと?」
「だから、俺は葵なんだよ」
「そんなわけ……だって、私の弟は神隠しにあって……」
「生きていたんだよ。いろいろあって記憶喪失になっていたけど、前世の記憶と一緒に何もかも思い出したんだ」
予想外の告白に頭が回らない。
六年前の記憶を呼び起こす。ある夜、一人だけ忽然と消えた弟。
(雰囲気が違っていたから、すぐには気付なかったけど……確かに弟の面影がある……)
色白だった肌は健康的な肌色になっていて、声も記憶のものと違う。だが自分を見つめるその瞳に宿る優しい色は、双子の弟とよく似ていて。
やっと記憶の中にいた面影と、目の前の少年が頭の中で一致する。
「え、それじゃあ……帰ってきたの?」
「……それは……」
「だって、そうでしょう? 記憶が戻ったのなら、あなたの家はここじゃない」
「そうだけど、俺は狙われているんだ。だからまだ戻れない。ここには姉さんの様子を見に立ち寄っただけで、本当はすぐ帰る予定だったんだ」
葵はじりじりと後退して背を向け、逃がすまいと絃乃が距離を詰める。
「ここには長居できないから……」
「待って、音夜!」
今にも走り去ろうとする葵に向かって、懸命に呼びかける。
「……音夜じゃない。須々木葵、それが今の名前だから」
「今はどこにいるの? 須々木ってどういうこと?」
矢継ぎ早に質問を繰り出すと、後ろから下駄の音と話し声が聞こえてくる。
葵は足音の方向をちらちらと見ながら早口で答えた。
「それも教えられない。いいか、姉さん。ここで会ったことは他言無用だからな!」
それだけを言い置いて、葵は脱兎のごとく逃げ出した。
その場に残された絃乃は彼が消えた方向を見つめることしかできなかった。
12. 水くさいですわ
夏休みが終わり、いつもの日常が戻ってきていた。
久しぶりに会う級友たちはどこへ行ってきたの、珍しい舶来品を手に入れたの、と話題に事欠くことがない。
いつもなら楽しく聞く話でさえ、今は耳を素通りしていくばかりだった。
(……もう、前みたいに話せないのかな……)
去り際の弟の様子を思い出し、切なさがこみ上げる。
せっかく会えたのに、名前しか聞き出せなかった。しかも他言無用と言われてしまっては、誰かに相談することもできない。もちろん、両親にも言えるわけがない。
葵は六年前に行方不明になった家族で、月日が経ってもその傷はまだ癒えていない。両親も表面上は取り繕っていても、心の整理はできていないままなのだ。
実際に会った絃乃でさえ、いまだに夢見心地なのだから。
それに、一番の懸念事項は彼の姿だった。
(探していた書生は……葵なのかもしれない)
彼は、姉の様子を見に来たと言っていた。あれがフラグだった可能性が高い。本当なら、ヒロインが絃乃の家に遊びに来るシーンがあったのかもしれない。
(生きていた……本当に生きていたなんて。しかも、前世の弟だったなんて)
今でも信じられない。都合のいい夢でも見ていたんじゃないかと勘ぐってしまう。
このぐるぐると渦巻く気持ちと、どう折り合いをすればいいのか、まるでわからない。
さすがにこんな事態、予想だにしていない。自分で抱え込むには大きすぎる問題だ。叶うならば、どの選択肢が正しいのか、今すぐ攻略サイトで確認したかった。



