校庭の隅にある芝生の広場で、お弁当を広げる。
梅雨明けしたものの、夏の太陽は容赦なく大地を照りつける。木陰があるとはいえ、風がないと快適とは言いがたい。
夏の暑さからくる気だるさを、息とともに吐き出す。
正直、食べる気力もないが、食べなければ倒れてしまう。しぶしぶ煮物を口に詰め込んでいると、雛菊の呆れたような声が届く。
「百合子ってば、嬉しそうね」
「あら。ふふ。わかる?」
「さては、婚約者と何かあったでしょ」
腕で小突かれると、百合子は恥じらいながらも頷く。
「手紙の返事が来たの。たった一文だったけれど」
その一言で絃乃はすべてを理解できたが、雛菊は首を傾げていた。
「え? どういうこと?」
「彼は文字を書くことが苦手らしいの。私、まったくその可能性を考えていなくて。一週間以上も返事が来ないから、てっきり嫌われたのだと思っていたのだけど。違ったみたい」
両手を合わせて、手紙を受け取ったことを思い出しているのだろう。
頬がゆるむ様子を見て、雛菊が茶々を入れる。
「あ、わかった。愛がしたためられていたのね?」
「いいえ、でも不器用な彼なりの言葉が添えられていたわ。手紙を手渡しで来てくれてね。今度の週末、蛍を見に行く約束をしたの」
「蛍……」
つい言葉をこぼしてしまった絃乃に、百合子が言葉を返す。
「ええ。この近くの蛍は見ごろを終えたけれど、穴場があるのですって」
「すてき。ロマンチックだわ」
雛菊がうっとりとしたようにつぶやき、目をつぶる。彼女の目の裏には、暗闇の中に光がちらちらと浮かぶ幻想的な光景が広がっているのだろう。
(……とりあえず、これでイベントは回収できたようね)
うまくいくかは賭けだったが、ひとまず成功といっていいだろう。
「そういえば、夏休みはどうするの?」
「例年どおり、別荘で過ごすことになると思うわ。藤永様も途中で合流してくれるらしいし。雛菊さんは?」
「わたくしは家族で温泉に行こうって話になっているの。お土産を買ってくるわね」
自然と二人の視線が、絃乃に集まる。
華族とはいえ、公家出身なので、資産家令嬢のように羽振りがいいわけではない。昔からの日本家屋と伝統だけが残った家があるのみである。
「……よかったら、絃乃さんも別荘に来る? うちはいつでも歓迎よ」
「気持ちだけもらっておくね。今年はちょっとやることがあるから、家に残るわ」
百合子からの申し出を丁重にお断りすると、雛菊の瞳がキラリと光る。
「やることって?」
「……内緒よ」
「ええ、気になるじゃない。夏休みが明けたら、教えてちょうだいよ」
「うーん。約束はできないけれど」
言葉を濁していると、雛菊がふくれっ面になったので、その柔らかいほっぺたをつついておく。
(早いところ、あの書生を探さないと……)
謎解きイベントでキーになるのは隠しキャラクターだ。しかし、パッケージに描かれた書生とはまだ会えていない。
そして、八尋ルートの今、ヒロインである百合子はそのキャラを攻略できない。
(でも待って。もしかしたら……私が気づいていないだけで、すでに百合子は会っているというパターンもありうるんじゃ……? 直接話していないだけで、どこかですれ違っているとか……可能性としては充分考えられるわ)
けれど、情報が少ない現状では、いずれも決め手に欠ける。
彼と接触できなければ、謎解きイベントは始まらない。失踪したゲームの絃乃は、物語の終了まで行方不明のままだった。生死も不明である。
無残な最期は想像したくないが、万が一という可能性もある。
最終手段として、自力で脱出という方法もなくはないが、保険はかけておきたい。
(タイムリミットから逆算して、この夏休み中に接触しておかないと、その後のイベントに支障が出るはず……)
もはや悠長に構えている場合ではない。
鳥の鳴き声にふっと顔を上げる。快晴と思っていた空には、筆で横線を引いたような雲が浮かんでいた。
梅雨明けしたものの、夏の太陽は容赦なく大地を照りつける。木陰があるとはいえ、風がないと快適とは言いがたい。
夏の暑さからくる気だるさを、息とともに吐き出す。
正直、食べる気力もないが、食べなければ倒れてしまう。しぶしぶ煮物を口に詰め込んでいると、雛菊の呆れたような声が届く。
「百合子ってば、嬉しそうね」
「あら。ふふ。わかる?」
「さては、婚約者と何かあったでしょ」
腕で小突かれると、百合子は恥じらいながらも頷く。
「手紙の返事が来たの。たった一文だったけれど」
その一言で絃乃はすべてを理解できたが、雛菊は首を傾げていた。
「え? どういうこと?」
「彼は文字を書くことが苦手らしいの。私、まったくその可能性を考えていなくて。一週間以上も返事が来ないから、てっきり嫌われたのだと思っていたのだけど。違ったみたい」
両手を合わせて、手紙を受け取ったことを思い出しているのだろう。
頬がゆるむ様子を見て、雛菊が茶々を入れる。
「あ、わかった。愛がしたためられていたのね?」
「いいえ、でも不器用な彼なりの言葉が添えられていたわ。手紙を手渡しで来てくれてね。今度の週末、蛍を見に行く約束をしたの」
「蛍……」
つい言葉をこぼしてしまった絃乃に、百合子が言葉を返す。
「ええ。この近くの蛍は見ごろを終えたけれど、穴場があるのですって」
「すてき。ロマンチックだわ」
雛菊がうっとりとしたようにつぶやき、目をつぶる。彼女の目の裏には、暗闇の中に光がちらちらと浮かぶ幻想的な光景が広がっているのだろう。
(……とりあえず、これでイベントは回収できたようね)
うまくいくかは賭けだったが、ひとまず成功といっていいだろう。
「そういえば、夏休みはどうするの?」
「例年どおり、別荘で過ごすことになると思うわ。藤永様も途中で合流してくれるらしいし。雛菊さんは?」
「わたくしは家族で温泉に行こうって話になっているの。お土産を買ってくるわね」
自然と二人の視線が、絃乃に集まる。
華族とはいえ、公家出身なので、資産家令嬢のように羽振りがいいわけではない。昔からの日本家屋と伝統だけが残った家があるのみである。
「……よかったら、絃乃さんも別荘に来る? うちはいつでも歓迎よ」
「気持ちだけもらっておくね。今年はちょっとやることがあるから、家に残るわ」
百合子からの申し出を丁重にお断りすると、雛菊の瞳がキラリと光る。
「やることって?」
「……内緒よ」
「ええ、気になるじゃない。夏休みが明けたら、教えてちょうだいよ」
「うーん。約束はできないけれど」
言葉を濁していると、雛菊がふくれっ面になったので、その柔らかいほっぺたをつついておく。
(早いところ、あの書生を探さないと……)
謎解きイベントでキーになるのは隠しキャラクターだ。しかし、パッケージに描かれた書生とはまだ会えていない。
そして、八尋ルートの今、ヒロインである百合子はそのキャラを攻略できない。
(でも待って。もしかしたら……私が気づいていないだけで、すでに百合子は会っているというパターンもありうるんじゃ……? 直接話していないだけで、どこかですれ違っているとか……可能性としては充分考えられるわ)
けれど、情報が少ない現状では、いずれも決め手に欠ける。
彼と接触できなければ、謎解きイベントは始まらない。失踪したゲームの絃乃は、物語の終了まで行方不明のままだった。生死も不明である。
無残な最期は想像したくないが、万が一という可能性もある。
最終手段として、自力で脱出という方法もなくはないが、保険はかけておきたい。
(タイムリミットから逆算して、この夏休み中に接触しておかないと、その後のイベントに支障が出るはず……)
もはや悠長に構えている場合ではない。
鳥の鳴き声にふっと顔を上げる。快晴と思っていた空には、筆で横線を引いたような雲が浮かんでいた。



