乙女ゲームに転生した華族令嬢は没落を回避し、サポートキャラを攻略したい!

 まさか、まだ返事をしていないのだろうか。
 その予感は的中していたようで、八尋は気まずいように視線をそらした。

「……私は筆無精なんです。なんと書けばいいのか、まったく思いつかなくて」
「つまり、文章を書くのが苦手ということですか?」
「恥ずかしながら。日報や始末書などの定型文なら問題ないのですが、個人的な手紙になると、駄目なんです。文才がないんですよ」

 諦観の境地で語る瞳は、はるか遠くを見つめるばかりで、心ここにあらずのようだった。

(これは、よっぽど自分の文章に自信がないのね……)

 もしかしたら、過去に誰かに心ないことを言われたのかもしれない。そうだとすると、これ以上、傷を深くさせるのも悪い気がした。
 八尋は、手慰めに桃の花びらをあしらったかんざしを手に取る。

「ここ一週間、返事の文章をずっと考えているのですが、気の利いた言葉がわからず……どうしたものかと」
「なるほど、それで思い悩まれていたのですね」
「ちゃんとした文章でお返事したいんです。ただ、私が書くと、子どもの作文のような書き方になってしまいまして。それだとガッカリされるでしょう。愛想を尽かされてしまうかもと思うと、余計言葉が出てこなくなってしまって」

 手のひらに載せたかんざしを見つめていた八尋は、そっと商品を元に戻す。

「ですから、手紙の代わりに贈り物をしようかと」
「……そういうことでしたの」
「情けない男だと思われたでしょう?」

 自嘲するような声に、絃乃はすかさず否定した。

「いいえ、私は誠実な方だと思いました。……ここまで悩んでくださる方を婚約者にできて、百合子は幸せ者ですわ」
「……そう、でしょうか」
「ええ。ただ、もし返事がもらえたら、百合子はきっと喜びます」

 乙女ゲームではいつも余裕のある男だと思っていたが、彼本来の性格はこっちなのかもしれない。だが、嫌われないように努力をする姿勢は評価したい。
 八尋は悩むような間を置いて、そっと問いかける。

「……幼稚な文章でも?」
「はい。長文が難しいなら、一文だけでもいいんです。気持ちがこもっていれば」
「一文だけでも、ですか」
「あなたが真心を返したいと思うのでしたら。文字を見るだけでも、気持ちはいくらか伝わります。もちろん、贈り物もすてきですが、藤永様の言葉を文字にすることが大事だと思いますわ」

 言葉を重ねると、八尋は力なく頷いた。気持ちは伝わったらしい。

「……手紙を書くのが苦手だということは、会ったときに打ち明けたらいいと思います。そのうえで、どうしたいかは百合子が決めることでしょう」
「決めました。返事を書きます。……一文だけでも、心を込めて」

 その瞳にもう迷いの色はなかった。