乙女ゲームに転生した華族令嬢は没落を回避し、サポートキャラを攻略したい!

 百合子は無事、八尋と婚約をした。
 恥ずかしそうに報告してくる彼女に、雛菊とともにお祝いの言葉を贈った。雪之丞には八尋が話をつけたらしく、もう接触してくることもなくなったらしい。
 すべてが順調――そう思っていたのは、どうやら思い違いだったらしい。
 河川敷に下りてみると、数日ぶりに会った詠介は曇った表情で、川のせせらぎを見つめていた。横には帳面があるが、閉じたまま置かれている。

「詠介さん、何か悩み事ですか?」

 彼の前でかがむと、詠介は覇気のない声で答えた。

「……わかります?」
「どことなく元気がなさそうです。私でよかったら、悩みを聞くことぐらいはできますよ」

 心の負担を少しでも和らげようと微笑みかけると、夏の風が二人の間を通り抜けていった。さわさわと草がこすれる音と、誰かが川の水面に石を投げ入れた音がした後、詠介が口を開く。

「実は……百合子さんが思いのほか奥手で、藤永さんと恋をうまく育めていないようなんです……」
「どういうことですか?」
「選択肢……いえ、言葉を迷った結果、自分の気持ちと違った言葉を返してしまったらしく、藤永さんと距離ができてしまったようで……」

 選択肢ミスは、往々にしてよくある。乙女ゲーム初心者であれば、なおさらだ。しかし、距離ができてしまうほどのミスというのは珍しい。

(察するに、連続で間違ったということかしら)

 ゲーム案内役である詠介が悩むほどに事態が深刻だとすると、エンディングにも悪影響があるかもしれない。
 絃乃は詠介の横に座り、まだ明るい東の空を見上げる。

「それは困りましたね」
「そうなんです。このままだと、本来起こるイベント……仲を深める機会を失ってしまいかねません。僕としても、二人には歩み寄ってもらいたい。ですから、今の状況は見過ごせないのです」
「でも……手助けするとしても、実際には難しくないですか?」
「だから困っているんです……。絃乃さん、何かいい方法はないでしょうか」
「そ、そうですね……」

 バレーボールのパスのように跳ね返ってきた問題に、渋面になる。

(本来起こるイベントって……時期的に蛍を見に行くやつよね……)

 好感度上げが順調なら、夏休み前に蛍の森へ行くイベントがある。暗い森を歩いていくと、無数の光が点滅した場所に出て、幻想的な光景が広がるという内容だ。

(あのスチル、好きだったなあ……)

 驚くヒロインに作戦が成功したように笑いかける八尋の構図は、なかなか胸に来るものがあった。あのシーンがあるのとないのとでは、ラストの感慨も違う。

「わかりました! 私も知恵を絞ります!」
「今回も協力してくださるのですか?」
「もちろんです。友達の未来のためですから!」

 好きな人のために、ない知恵を絞るというのもやぶさかではない。
 どうせならば、トゥルーエンドのためにも、イベントはすべて回収してもらいたい。

「一番の問題は、二人の仲がぎくしゃくしていることなんですよね?」
「ええ、そうなります」
「正攻法で失敗したなら、別の手段で仲を取り持ったらいいのでは? 例えば、手紙とか」
「手紙……ですか?」
「直接話すことで緊張してしまうなら、相手の顔を見ずに思いを伝えられる手紙が一番だと思います。口では言いにくいことも、文章なら気負いなく書けるかもしれません。何より手紙のやり取りをすることで、お互いの気持ちがもっと理解できると……」

 そこまで言ったところで、詠介が興奮したように声を被せてくる。

「絃乃さん、さすがです!」
「え……」
「素晴らしい解決法です。僕一人だけでは思いつきませんでした。やりましょう。手紙の交換! この方法なら、きっと挽回できますよ!」

 水を得た魚のように生き生きと語る顔に、先ほどの陰りはない。
 とりあえず役には立てたらしい。そう安堵した絃乃は、どういった文面だと効果的かを一緒に考えることにした。