「ルーカス?」

ここで身を隠してしまえば顔を合わせ辛くなりそうで、なんとか声をかけた。振り返ったルーカスは、バツの悪そうな顔をしている。

「どうか、したの?」

「ああ。ジャレットを城へ向かわせるところだ」

「そう」

「ライラ。それでは、ルーカス様のことをお願いしますね」

「う、うん」

一体なにを任されたのか。よくわからないけれど、急いでいるようだから、とりあえず頷いておく。
ジャレットはすぐさまオオカミに姿を変えると、雨降る森の中を駆けていった。

そのまま食堂の椅子に座ったルーカスにもココアをいれると、彼はお礼を言って一口、口に含んだ。

「……アドルフがもどってきた」

「なにかあったの?」

「いや。マリアーナ達は大丈夫だ。なにもない」

「よかった」

「アルフレッド達は、急遽グリージアの城へ向かうことになった。城に入ってしまえば、危険は減るはず。マリアーナを匿うことができる。けど、マリアーナを取り巻く事情を考えれば、かなり危うい状態だ。他国の王女を、その国の許可もないまま連れ去ったと主張されたら、外交問題に発展しかねない」

王女を誘拐したとなれば、攻め入ってくるには十分すぎる理由だ。そうなれば、こちらの言い分なんて、聞いてもらえないかもしれない。問答無用で攻めてくることも考えられる。

「不審な侵入者が、全てグリージアへ入ったのなら、逆にマリアーナをサンミリガンで保護した方が安全かもしれん。ジャレットには、現状の報告と、念のためマリアーナを保護する準備を指示した」

「そう」

そう言うと、ルーカスは黙り込んでしまった。彼といて、こんな沈黙に包まれたことはほとんどない。ルーカスはいつでも陽気に話してうるから。
彼が口を閉じたということは、私が聞いていいのはここまでだということなのだろう。それは私を信じていないとかそういうことではなくて、やっぱり彼はサンミリガンの第一王子であって、私はどこの国にも属さない人間にすぎないという、2人には大きな違いがあるからだ。