* * *

「侵入者だが、そもそも匂いがわからない。怪しい人物に目を光らせるぐらいしかできないな」

「ですね。後手になりますが、目撃情報が入って、やっと動き出せるってところでしょうね」

サンミリガン王国が、この森のお宿にかまえた執務室に、頼まれていたお茶を持って向かったところ、近付くに連れてルーカスとジャレットの会話が聞こえてきた。
なるほど、いくら人間より身体機能の優れた獣人とはいえ、そもそも対象のことを知らなければどうしようもないのだ。

扉をノックしようとした次の瞬間、ルーカスの言葉に持ち上げた腕をピタリと止めた。

「俺も……俺もオオカミの姿になれれば、調査に向かえるのに」

悔しそうに吐き捨てたルーカスに、ズキリと胸が痛んだ。

ーカエルの呪いー

彼が本来の姿になれないのは、気の毒だと思っている。それはこんなにも重いものじゃなくて、いつか解けるといいねぐらいなものだった。
けれど、彼は大国の王子であって、国のために真っ先に動かなくてはならない人だ。それができずに苦しむルーカスの姿に、小さくない衝撃を受けた。

ルーカスは、呪いを解くことを私に求めてくる。けれど、私が彼に抱いているのは、親愛の情。男女のそれとは違うと思う。万が一、カエル姿の彼に口付けたとしよう。それでも彼が元にもどれなかったら、そのことをお互いにどう思うのだろう?彼が求めているものを、私が返せなかったら、苦しめてしまわないだろうか?私を番だと、愛してると毎日のように伝えてくれる彼を、傷付けてしまわないだろうか?

サンミリガンの第一王子である彼に求められるものは、当然世継ぎを得ること。
獣人は、番以外の異性に一切目が向かないというけど、もしここで私が拒めばどうなるの?口付けで、呪いが解けなかったら?

なんだか堂々巡りのように考えてしまうけど、つまり私はいろいろなことが怖いのだと思う。