殺されたんだ、やっぱり……。
そして、この男が、殺したんだ。
テレビの電源が切られ、部屋に静寂が戻る。だが、リカの頭の中では、ニュースキャスターの言葉が、何度も、何度も、反響していた。
『指定暴力団「竜神会」幹部、丸山泰造』
ただのチンピラではない。裏社会の大物。そんな人間を、目の前のこの男は、昨夜、いとも簡単に殺したのだ。
ただ、どうしても納得ができない点が、一つだけあった。
自分と、この事件との、関連性だ。
(私があの現場を、見てしまったから……?)
(それとも、他に、何か……?)
混乱するリカを横目に、滝沢が、音もなくベッドから立ち上がった。
「今から出掛けるぞ。支度をしろ」
その声には、有無を言わさぬ響きがあった。
「……はい」
リカは、か細い声で、そう答えるしかなかった。
「しばらくすると、迎えが来る」
その言葉通り、数分もしないうちに、部屋のドアが、コン、コン、とノックされた。
ドアの向こう側から、低い男の声がする。
「車の用意が、出来ました」
「お前は、先に車に乗っていろ」
滝沢は、ポケットからスマートフォンを取り出すと、誰かに電話をかけながら、そそくさと部屋を出て行ってしまった。
(迎え……?ということは、やっぱり、仲間がいるんだ)
(このタイミングで、逃げることは……できないか)
直感的に、リカは判断した。今、ここで逃げ出そうとしても、すぐに捕まるだけだ。
「……ムリ、みたい……」
リカが絶望に打ちひしがれていると、先ほどドアの外にいた、別の男が部屋に入ってきた。
「すみませんが、ご一緒に」
その男は、滝沢とは違う、どこか事務的な、それでいて感情の読めない目をしていた。
「……はい」
小さく返事をすると、リカは、とぼとぼと、その男の後について歩き出した。
体格からいっても、やはり、自分では敵うはずがない。
今は、とにかく、生きなければ。
逃げるのなら、確実に逃げられる時でなければ、結局は、死ぬことになる。
男に案内されるまま、リカは、昨日乗ってきたものとは違う、大きな黒いワンボックスカーに乗り込んだ。
車は、静かに走り出す。
見慣れない道を、ただひたすらと、走り続けていた。
どれくらい走っただろうか。
不意に、視界が開け、きらきらと光る、広大な海が見えた。
あぁ、海だ。
東京から、かなり遠くまで来てしまったのだと、リカは悟った。
やがて、車は、海沿いに建つ、一つの壮麗な建物の前で、静かに停車した。
スライドドアが開くと、そこには、同じような黒塗りの高級車が、すでに数台、停まっている。
目の前には、まるで高級リゾートホテルのような、白亜の建物がそびえ立っていた。
リカは、そのあまりに場違いな光景に、ただ呆然と、車から降りるのを躊躇する。
ちょうど、その時だった。
もう一台の黒塗りの車が、滑るように到着し、運転手が、後部座席のドアを開けた。
中から現れた人物を見て、リカは、自分の目を疑った。
「えっ!?」
テレビや新聞で、何度も見たことのある顔。
間違いない。あれは、日本の環境大臣、大野勇次郎……!
大野大臣は、周囲を警戒するようにキョロキョロと見回しながら、足早に、その建物の中へと消えていった。
(一体、ここで、これから何が始まるというの……?)
暴力団幹部の殺害。
謎の男、滝沢。
そして、現職の国務大臣。
点と点が、全く繋がらない。
リカは、自分が、想像を絶するほど、巨大で、そして底なしに暗い渦の中に、引きずり込まれてしまったのだと、ようやく、悟った。