(生き延びること。今は、それだけを考えよう)
リカは、自分に強く言い聞かせた。
逃げ出すことよりも、まず先に考えるべきは、生き長らえること。
この男の目的も、正体も、何も分からない。そんな状況で、下手に動くのは自殺行為だ。
相手の出方を、まずは知らなければ。その上で、次のことを考えよう。
(生きてさえいれば……)
(生きてさえいれば、きっと、助けが来るかもしれない。逃げるチャンスだって、生まれるかもしれない)
重々しい空気の中、滝沢は、短くなったタバコの火を灰皿に押し付けた。そして、ポツリと、話し始める。
「何故、俺がお前をここに連れてきたか。分かるか?」
リカは、ふるふると、か細く首を横に振った。
「まぁ、そうだろうな。お前は、俺のことを知らないからな」
えっ……?
今、この男は、何て言った?
『お前は、俺のことを知らない』?
まるで、自分はリカのことを知っている、とでも言いたげな口ぶり。
混乱するリカを後目に、滝沢は続ける。
「そのうち、分かる」
不敵な笑みを浮かべながら、滝沢はソファから立ち上がると、窓辺へと歩いて行った。
リカは、ますます分からなくなった。
だが、恐怖で麻痺していた思考が、少しずつ動き始める。
今までの状況を、整理してみよう。
普段通り、バイトから帰宅した。
道が、工事中で通行止めになっていた。
迂回路に指定されたのは、薄気味悪い細道だった。
そして、あの男に……。
(……待って)
帰る途中、洋太にLINEを送った。
いつもあるはずの返信が……あ、そうだ。返信が、ない。
おかしい。
いつもなら、洋太はすぐに既読をつけて、「気をつけて帰ってこいよ」とか、「先に寝てる」とか、何かしら返信してくるはずなのに……。
そこまで考えた途端、部屋に、電話の着信音が響いた。
滝沢が、ポケットからスマートフォンを取り出す。
「……そうか。無事、出頭したか。……あぁ、ご苦労」
短い言葉。だが、その内容から、リカは直感的に察した。
さっきの、細道で殺されていた、あの人の処理の話か何かだろう、と。
「次は、お前の番。……じゃなきゃ、いいけどな」
気づけば、滝沢は、リカのすぐ背後に立っていた。
そして、耳元で、悪魔が囁くように、ボソボソと、そう呟いた。
その声は、どこまでも冷たく、そして、どこか楽しんでいるかのようだった。
リカは、全身の血が、再び凍り付くのを感じた。



