最終章:エピローグ
洋太との一件から、一週間が過ぎた。
滝沢のアジト。そのリビングのソファで、滝沢は、ふんぞり返って、紫煙を燻らせていた。
そこへ、当たり前のように、合鍵を使って、璃夏が入ってくる。
「何しに来た?」
滝沢は、彼女の顔も見ずに、ぶっきらぼうに言った。
「ご報告に、来ました」
璃夏は、手にしていた、小さなボストンバッグを、床に置いた。
「なんだ?就職先でも、決まったか?」
滝沢は、吐き捨てるように言う。
「いらねぇぞ、そんな報告は」
「いえ。私、大野大臣からいただいた、あの、港区のワンルームマンション。売っぱらってきました」
その言葉に、滝沢は、初めて、璃夏の方を向いた。
「……なんでだ?どこか、別の場所にでも、引っ越すのか?」
璃夏は、滝沢の、向かいのソファに、優雅に腰掛ける。
そして、一週間前とは、比べ物にならないほど、自信に満ちた、美しい笑みを、浮かべた。
「いえ。これからは、ここに住もうと思って」
「……なんで、そうなる」
「だって、私、言いましたよね?『これからの私のすべてを、滝沢さんにさしあげます』って」
「だからって、なんで、ここに、わざわざ住む必要があるんだ」
滝沢は、心底、めんどくさそうに、頭を掻いた。
「だいたい、あの政治家は、お前の、その高学歴を活かせるような、一流企業の世話もしてやるって、言ってたろうが。戸籍も、貯金も、住む場所も、全部、手に入れたんだ。それで、十分だろ」
「でも、もう、住むところ、売っちゃいましたし。それに、私、『生まれたばっかり』なんで、荷物も、これっぽっちしか、ないんですよ?」
璃夏は、悪びれもせずに、ニッコリと笑う。
「知るか!」
「それに!」
璃夏は、すっと立ち上がると、着ていたシャツの裾を、めくりあげ、その、豊かな胸を、滝沢に見せつけた。
「これ、どういうことですか?私、前の人生では、Cカップだったんですよ?なのに、今の私、Eカップもあるんです。……どう、責任、取ってくださるんですか?」
「知らねーよ、俺は!」
滝沢は、思わず、声を荒げた。
「そりゃ、あの、変態ジジイ(沖田)の、趣味だろ、きっと!」
彼は、まるで、逃げるように、ソファから、ベッドの方へと、移動する。
「わかりました」
璃夏は、満足そうに、シャツの裾を下ろした。
「じゃあ、その代わり、ちゃんと、『下(しも)の介護』は、私が、責任もって、させていただきますから。ねっ?」
璃夏は、小悪魔のように、ウインクしてみせた。
「要介護者みたいに言ってんじゃねぇぞ!いい加減にしろ、お前!出てけ!」
その時だった。
滝沢の、怒声に、水を差すように、彼のスマートフォンが、静かに、鳴り響いた。
滝沢は、チッと、舌打ちをすると、璃夏に、手のひらで「待て」と、合図をしてから、電話に出る。
「……はい」
場面は、変わる。
あの、地下にある、隠れ家のようなバー。
VIPルームの、黒電話を、一つの、影が、持っている。
『……殺して、欲しい人が、いるんです』
その声が、誰のものなのか。
次に、滝沢と璃夏が、どんな「仕事」に巻き込まれていくのか。
それは、また、別の物語である。



