あの日から、何日が過ぎただろうか。
璃夏は、アジトのリビングにある、ソファに深く体を沈め、背もたれに、だらりともたれかかっていた。
ただ、ぼんやりと、何もない、白い天井を見上げる。
滝沢は、もう一つのソファで、静かに眠っていた。
部屋の中には、静寂だけがあった。
だが、璃夏の頭の中では、あの日の、最後の光景が、何度も、何度も、再生され続けていた。
(……少しだけ、ほんの少しだけ……私はまだ、洋太を、信じていたのかもしれない……)
心の、どこかで。
期待、していたのだ。
夫が、自分を殺そうとまでした、その裏切りの、さらに奥底に、ほんの僅かでも、かつての愛情や、共に過ごした年月の欠片が、残っているのではないか、と。
(……だけど、洋太は、私が、わからなかった……)
脳裏に、あの、屋上の光景が、鮮明に蘇る。
【回想】
『洋太…』

洋太『ちょ、ちょっと!誰ですか?』

リカ『……私が、わからないの?』

リカ『さよなら……』

【現在】

結婚して、7年。知り合ってからは、9年。
その、長い、長い時間、一番近くにいたはずの人間が。
(顔は、変わった。でも、声は、同じだったはずなのに……)
浮気をされていたことよりも。
私を、殺そうとしていたことよりも。
その事実が、何よりも、璃夏の心を、深く、そして、静かに、抉っていた。
あの人は、私の声も、雰囲気も、その存在そのものも、全く、分からなかったのだ。
私という人間を、見ていたのではなく、ただ、「妻」という、都合のいい役割を見ていただけだったのだ。
(……何だったのだろう。私たちの、この、九年間という時間は……)
それは、まるで、初めから、何もなかったかのような、途方もない、空虚感だった。
その時、ソファで眠っていた滝沢が、ん、と、小さく身じろぎをし、ゆっくりと、体を起こした。
彼は、何も言わず、リモコンを手に取り、テレビの電源をつける。
朝のニュース番組の音声が、静かな部屋に、響き渡った。
時間は、進んでいく。
世界は、続いていく。
私の、人生が、終わった後も。