綾は、洋太の手を、強く、そして有無を言わさぬ力で引き、ネオンが煌めく夜の街を、足早に進んでいく。
向かう先は、ひときわ派手な電飾が輝く、ラブホテルだった。
「ちょっ、ちょっと!綾ちゃん!」
洋太は、かろうじて、抵抗の声を上げる。だが、その手は、振り払えない。
綾は、そんな洋太の狼狽を、心底楽しむかのように、振り返って、妖艶に微笑んだ。
「ちょっ、綾ちゃん!ヤバいって!誰かに見られたら……」
「あんなに、アソコを硬くしてたくせに、今さら、何言ってるんですかぁ?」
綾は、からかうように笑いながら、ためらうことなく、ホテルの自動ドアを抜けて、中へと入って行った。
洋太は、その力に、なすすべもなく、引きずり込まれていく。
派手な装飾の、安っぽい部屋。二人には、不釣り合いなほど、大きなベッド。
部屋に入るなり、綾は、洋太を、強引に、そのベッドへと押し倒した。
そして、その唇に、深く、自身のそれを、重ね合わせる。
その夜、洋太は、決して、越えてはならない一線を、越えた。
一度、その甘美な果実を口にしてしまえば、もう、後戻りはできない。
それからというもの、洋太は、急速に、望月綾という、若く、美しく、そして、恐れを知らない女の、虜になっていった。
それからは、二人の、秘密の時間が始まった。
リカが、スーパーでパートをしている日。洋太は、仕事を早々に切り上げ、綾と合流し、二人だけの、甘く、そして、背徳的な時間を過ごす。
それが、彼らの、日常になっていった。
そして、三年半後。
いつものように、仕事が終わると、洋太は、綾が借りている、都心の高級マンションの一室にいた。
シーツの乱れたベッドの上で、洋太は、綾の、滑らかな髪を、指で弄ぶ。
「ねぇ、洋太ぁ。私たち、いつになったら、結婚できるの?」
綾が、甘えるように、洋太の胸に、顔をうずめてきた。
「うーん……。離婚したら、今のキャリアに、傷がつくからなぁ。どうしたもんかな……」
「離婚した人と、結婚なんて、うちのパパが、絶対に許してくれるはずないもんねぇ」
綾は、不満そうに、唇を尖らせる。
その時、洋太の頭に、一つの、悪魔的なアイデアが、閃いた。
「……死別……なら?」
「え?」
綾が、顔を上げる。
「あぁ……アリかも!」
彼女の瞳が、妖しく、きらりと光った。
「とは言ってもな。そう、簡単に、死んでくれるわけないだろうし……」
「殺し屋さんとかに、お願いしてみたら?ほら、映画みたいに」
綾は、まるで、欲しいバッグでもねだるかのような、軽い口調で言った。
「どこにいるんだよ、そんな、殺し屋なんか」
「探そ!」
「探すって言ったって、本当に、殺し屋なんか、いるのかも、わからないのに……」
「大丈夫!」
綾は、自信満々に、洋太の唇を、指でなぞった。
「あたしが、絶対に、見つけてみせるから」
それから、数ヶ月。綾は、本気だった。
父である社長の、そのまた裏の人脈。夜の街で、きな臭い噂が立つクラブ。ありとあらゆる手段を使い、彼女は、本物の「殺し屋」を探し続けた。
そして、ついに、たどり着く。
某高級クラブに、たむろする、「半グレ」と呼ばれる者たち。その中に、綾の、古い知り合いがいた。
その知り合いが、紹介してきたのだ。
「どんな人間でも、金次第で、必ず、静かに消す」という、伝説の男を。
紹介料は、少々高くついた。
だが、望月家の財力をもってすれば、それは、はした金にも満たない。
綾は、こうして、ついに、滝沢という男に、繋がる糸口を、手に入れたのだった。



