クラブの、あまりにきらびやかな内装を前に、リカは、自分の服装が急に恥ずかしくなった。
昨日、寂れた商店街で買った、地味で、動きやすいだけが取り柄の黒いワンピース。化粧気のない自分の顔。この、洗練された空間の中で、自分だけが、色のない、場違いな存在に思えた。
滝沢は、そんなリカの心中など、全く気にも留めず、店内をゆっくりと見渡す。
すると、フロアの奥から、一人の女性が、静かな足取りでこちらへ向かってくるのが見えた。
上質な生地だと一目でわかる、落ち着いた色合いの訪問着。すっきりと結い上げられた髪。その、一つ一つの所作が、洗練された気品を漂わせている。この店の、責任者に違いない。
女性は、滝沢とリカの前まで来ると、優雅に、そして軽く会釈をした。
「では、こちらへ」
その声は、鈴が鳴るように、美しく澄んでいた。
女性に誘導されるまま、二人は、店の奥にある、重厚な扉の前へと案内される。
女性が、静かにその扉を開け、滝沢とリカを中に通すと、部屋の中央にあるソファを指し示した。
「どうぞ、お掛けになってください」
滝沢とリカが座るのを確認すると、女性は、対面のソファに、音もなく、すっと腰を下ろした。
そして、その穏やかな視線を、まずリカに向ける。
優しい微笑みを浮かべ、彼女は言った。
「東条響(とうじょう ひびき)と申します」
そう言って、再び、軽く会釈をした。
「あ……はじめまして。結城リカ、です」
リカは、慌てて、そう返すのが精一杯だった。
響は、もう一度、優しくリカに微笑みかけると、今度は、滝沢の方へと向き直った。
「滝沢さん。その節は、大変お世話になりました」
「俺は、仕事をしただけだ。今回は、俺の方が世話になる」
「今回も、ビジネスのはずですわ。どうか、お気になさらずに」
響は、そう言って、静かに微笑む。
その時、滝沢は、持っていた手さげバッグの中から、分厚い、一万円の札束を、無造作に取り出した。
そして、それを、ガラステーブルの上に、一つ、また一つと、積み上げていく。
100万円の束が、10束。現金で、1000万円。
「確かに、お預かりいたします」
響は、目の前の大金にも、表情一つ変えずに言った。
「悪いな。今夜は、かなり、おおごとになる。この額で、本当にいいのか?」
滝沢が、低い声で尋ねる。
「構いません。私は、ビジネスだったとはいえ、滝沢さんには、相当の恩を感じておりますので。これくらいで、お力になれるのでしたら」
響は、穏やかに答えた。
「それに……私も、少し、長期の休暇を取りたいと思っておりましたので。これを機に、海外にでも行こうかと思っておりますの」
響は、滝沢に、全てを理解した上で、そう微笑みかけた。
この暗殺計画が、この店を、一時的にでは済まないレベルで、騒動に巻き込むことを、彼女は覚悟しているのだ。
「……では、リカさん。行きましょうか」
そういうと、響は、すっと立ち上がり、リカに、その細く、白い手を差し伸べた。
「え……?」
リカは、何が何だかわからず、反射的に「あ、はい」と答え、その手を取った。そして、不安そうに、滝沢の方を見る。
滝沢は、ただ、短く言った。
「終わったら、一度、ここに戻ってこい」
「……はい」
リカは、響に手を引かれるまま、個室を出ていく。
これから、自分がどこへ連れて行かれ、何をさせられるのか。
何も、わからなかった。
ただ、この、美しくも、底知れない女性についていくしか、道はないのだと、それだけを、理解した。



