『なにか変わったことはなかったか?』


『絃、もう少しでハイハイができそうなんだ』


『お、そうなのか!』



寝返りは打てるようになった。

今だって勢いでごろんっと、向きを変えようとしている。


そんな娘の成長を少年の次に喜んでいるのが、この男。

変わった色の派手なスーツ姿はいつ見ても笑ってしまいそうになるが、それでも絃織に優しさをくれる1人だった。



『母さんにも見せたかったなぁ…』


『…そうだな』



絃を産んで数日後に天国へと旅立ってしまった人。

生まれくる娘にすべてを託し、朗らかな顔で眠っていった女性。


ふたりの男の前にいる少女から、その面影をどこか感じ取れる。



『おやっさんって、母さんのどこを好きになったの?』



こういう話は初めてだった。

こういうのは大人の話だから、子供の自分が聞いても答えてくれるかは分からない。


けれど守りたいものができた絃織の、ほんのちょっとの背伸び。



『俺の一目惚れだよ』


『…一目惚れ?』


『あぁ。よく通ってたコンビニにな、毎日笑顔振り撒いてる元気な女が美鶴(みつる)だった』



絃の母親───美鶴は、この天鬼組若頭の5つほど年下だった。

優しい顔で思い出を甦らせている男を、絃織はじっと見つめる。



『俺の服装を見ていちばん笑ったのもあいつでよ。天鬼の人間に怖がらなかった女だったんだ。
…まぁ、美鶴らしいっちゃらしいが』