『早く触れたい。この手でまた抱きしめたい。…それでも今の俺じゃ、まだそいつを守れない』
それが那岐 絃織にとって女でなければいいと思った。
ペットのようなものであればいいと思った。
この男は今でも十分強いはずなのに、それでもまだ足りないと言っている。
『…絃。』
甘く、切なく、ひどく優しく。
そんなふうにその名前を呼ぶ男の瞳に映りたかった。
この気持ちは何だと、考えれば考えるほどに分からなくなる。
『那岐 絃織。あたしがその“いと”の代わりにはなれないか?』
まさか自分がそんな言葉を口走っているなんて。
“代わり”というものが何を指しているかなんて、考えてもいなかった。
そしてそうなれたなら他に欲しいものなんか要らないと願う自分は、紛れもなく女で。
『…慰めにもならねえな』
そしてあたしは初めてそいつに悲しい顔をさせてしまった。
どうしたら慰めてやれるだろう、どうしたらそんなにも悲しい顔をさせなくて済むだろう。
『たとえどんなに眩しくったって、それが俺にとって光じゃなかったら本物の光にはならねえんだよ』
あぁ、くやしい。
どうしてこんなにも悔しいんだ。
知れば知るほどに、『いと』に対して嫌悪感が湧き出てしまう。
『惚れている、のか…?…あたしは…あいつに』
誰もいなくなった非常階段。
誰にも聞こえないからこそ、つぶやけた言葉。
『いと』という存在が那岐 絃織の前に現れてくれるなと。
あたしは強くそう願った───。



