『ねぇあの子でしょ、那岐くんって』
『そうそう。強いしイケメンだし、みんな狙ってるって』
『彼女とかいるのかなー?』
くだらない。
朝からヒソヒソと陰で言うくらいならば面と向かって言えばいいのにとも、思う。
那岐 絃織───。
毎日毎日女子生徒の注目の的だというのに、本人は気にしていないのか興味がないのか、そんな声に振り向かない。
『あのっ、これ、良かったら貰ってください…!!』
『貰ってくれるだけでいいんですっ!!』
その日はいつも以上に昇降口に屯う女子が多かった。
朝練終わりのあたしはいつも通り胴着の入ったスポーツバッグを肩にかけ、そんなものを通りすぎる。
しかしいつもは陰から覗く女子が今日はそいつの目の前に立った。
差し出した箱は赤色をしていて、一目見てどういうものか理解してしまう。
『…悪いが甘いものはそこまで食べない』
『そ、そうだったんですか…』
そのままスタスタと去ってゆく男。
しかし女子生徒は会話を返されたことに対する嬉しさのほうが勝っていたらしい。
キャーキャーと、貰われなかったバレンタインチョコを手にしながら騒いでいて。
『…なんだあいつ』
スカした野郎だ。
それでいて学校に飾られている賞状やトロフィーはほとんどがそいつの名前が書かれたもの。
剣道、空手、柔道を始めとしたその他諸々。
部活に入ってないくせ、個人として出場している一通りの武術の試合では成果を残しているらしい。
『…嫌いだ、ああいう奴は』
柔道部に入れば叩き込んでやれるのに。



