千春side




「…もう治ったっつったろ」



そんな顔をしなくてもいいだろう。

次の日もわざわざこうして見舞いに来てやったというのに。


インターホンを押せばすぐに「絃、」と返ってきた言葉が脳裏から離れてくれない。



「天鬼 絃とは恋人同士なのか」


「そうだが」



あぁ、まただ。

どうにも腹が立って苦しくて仕方がない。


天鬼 絃という名前を口に出したくはないのに、気づけば聞いてしまっているくらい気になっている自分がいた。


高校の頃からこの男だけは周りの男と違った。

男なんかみんなひ弱で情けない奴らばかりだと思っていた中で、那岐 絃織だけは。



「まぁそんなものすぐに終わるだろう。付き合っては別れて、色恋なんて所詮そんなものだ」


「終わらねえよ。終わるどころか、やっと始まってくれたんだ」


「…そんなに好きなのか」



またもや間髪を容れず「すきだ」と、返ってくる。


やはりこの男は変わった。

女子生徒を見て誰が可愛いだのタイプだの、そういうことを一切言わなかったかつての男子生徒。



「つうか、お前はいつまでこっちにいるんだよ」


「8月いっぱいまではいるつもりだ。懇親会はあんたも参加必須だぞ」



8月末にある懇親会。


天鬼組と佐伯組に関わる組織すべての幹部、それらを繋ぐ大企業の社長やらが集まる、言わば親睦会のようなパーティーだ。

そこではもちろん天鬼組若頭となった那岐 絃織の紹介もされることだろう。