そしてリビングのドアを開けた瞬間、その前に置かれているビニール袋をふと見つける。
それはここから一番近いコンビニの袋だった。
「なんだ、来てたんじゃないか。なにも言わずに帰るだなんて不躾だな」
「……最悪だ」
「まぁまだ若いんだ。許してやれ」
面倒だった。
交わらない会話も、一々返される返事も。
ここにあいつは立ってたのだ。
俺がこの女とアイスを食べ、昔話をしているときにずっと。
熱のせいにするつもりはないが、なぜそんなことをしたのかと自分を責めたくなった。
「とりあえずお粥だけでも食べてくれないか。アイスだけじゃ薬が飲めないだろ」
そんな女を無視して俺は再びリビングへと戻る。
まさかと思い、おもむろにキッチンに向かって紺色の冷蔵庫を少々乱暴に開いた。
「───…最悪だ、」
それはまた自分自身に対する苛立ち。
大きな鍋がひとつ、そして卵焼きはあの日初めて食べたものと同じ。
「うまい」と俺が言った瞬間の嬉しそうな顔は今もしっかりと覚えている。
それはきっと絃が作って待っていてくれたもの。
「那岐 絃織はああいうタイプを好むのか。女には興味ないとばかり思ってたんだがな」
「お前は帰れ」
「なんだ?もしかしてあたしがあの子を追い出したとでも───」
「いいから帰れっつってんだろ」
「っ…、」
ワンピースを着て、少しメイクをして、いつもとは雰囲気が違った。
あいつなりに特別な日にしようとしてくれていたのだ。
それを今になって思い出すなんて。
「…また来る。お大事にしろ」
佐伯は傷付いた顔をして部屋を出て行った。
最悪だ…と、もう1度つぶやいた声は静かな部屋にポツリと響いては消えた。
*