こういう商談は日常茶飯事だった。

そして若頭である自分が出向くことは、言ってしまえば最終手段。


それほど今の天鬼組はどの組織からもナメられている存在だった。



「だったら頭に叩き入れとけ。今の天鬼組の頭(かしら)は那岐 絃織(なぎ いおり)だってな」



鋭い眼差しを送れば、相手はここにきて初めて怯えた顔をした。

そして黒いスーツに身を包んだ若い男はすぐに背を向ける。


「行くぞ俊吾」と一言落として、事務所の扉を少々乱暴に開けて、今度は階段から下界へと。



「ったく、こんなくだらねえ商談のためにわざわざ3日かける理由がどこにあるんだよ」


「ですがお頭…次は京都の佐伯組に───」


「俺は帰る。あとはお前らでどうにかやれ」


「えっ、ちょっ…!お頭…!!またこの流れぇぇ!?」



そのまま黒ベンツのキーを奪い、男は連れていた付き人と数人の子分を置いて車を走らせた。


こんなことも日常茶飯事。

結局若頭は本拠地である屋敷へと帰り、残された仕事を付き人+子分が片付ける。


しかし実力もあり、いざというときはやる男だからこそ恨めないのだ。


そして見慣れた屋敷へ辿り着けば、当たり前のように持参の香水を付けて、車から降りる。



「えっ、那岐…!?もう帰ってきたの!?」


「ただいま、絃。」


「わっ…!」



「今回は3日は帰らない」なんて告げた昨晩のこと。


しかし翌日の夕方には帰宅した男に、少女は驚きと喜びの反応をした。

そして抱きしめられた腕の中で「おかえりっ」と、幸せそうに笑う。