ここには千春さんもいるし、女の人はみんな絃織を見てるし、もう本当に帰りたい…。
それに、この姿だって何も言ってくれない。
お世辞でもいいから可愛いとか似合ってるとかっ!
そーいうの言ってくれてもいいと思うのにっ!!
メイクだってしてるのに…。
「あれ?君は…」
「えっ、どうしてここに…」
それはお手洗いに向かおうとしたときだった。
このパーティー会場にまさかの男性がいて、最初似てる人かなぁと思ったくらいで。
どうしてあなたがここにいるの…?
「お、大橋さん…ですよね…?」
その人は私が採用された会社、“株式会社ヨククル”の社長さんだった。
そんなのあり得ない。
だって天鬼とは関わりがなかったはずなのだ。
それにここは大手の人たちが集まるパーティー会場。
中小企業の大橋さんがどうして…。
まるでゴーンっとたらいが頭上から降ってくるかのような衝撃に、瞬きを繰り返すことしかできない。
「これは驚いた。私は佐伯さんに古くからお世話になっていてね、この懇親会に出席していたんだが…」
佐伯…。
そうだ、ここは今日天鬼だけじゃない。
そのもうひとつの一派との親睦を深める会でもあったのだから。
「君も彼らにお世話になってる方々の娘さんだなんて。確か親御さんは経営者だと言ってたね」
そしてそんな不安はどうにもスッと消えた。
“天鬼”として見てほしくなくて、やっと私を私として採用してくれた人だから。
ここにきてすべてを台無しにするわけにはいかなかった。
「そっ、そうなんです…!奇遇ですね…!」
だから天鬼 剣の娘だとは気づかれていない今、必死にうなずいて隠した。
ここには500人近い人間が散らばってるから、頑張れば誤魔化せるはずだ。



