高層ビルが並ぶ街の一角。

いつ建てられたのかすら分からない、古びた外観のひとつの事務所。


暗ったるいドアを開けてエレベーターへ乗り込めば、恨みたくなるほどに煙草の匂いが充満していた。



「俊吾(しゅんご)、」


「へいっ!」



付き人である男は、手にしていた漆黒の鞄から吹きかけるタイプの消臭剤を出した。

シュッシュッと、迷いなく密室の空間に放つ。


これが新たな若頭となった男の付き人である者が行う、なんの変哲もない仕事のひとつであった。



「おお、これはこれは随分と若ェ兄ちゃんが来たモンやで」


「呼び出したのはあんただろ、佐賀原」


「まぁまぁそんな睨まんといてや。仲良うしようや」


「で、話っつうのはなんだ」



せめて座らんかい、と笑いながら言う男の瞳は笑っていなかった。


ピリピリした空気、エアコンの生ぬるい風。

煙草、刺青、濁った一室。


関西に足を運んでまでこんな場所に来た理由は1つだけ。



「まぁ簡単に言うと、天鬼組が抱える企業をちーっとばかし譲ってくれんかっちゅー相談や」


「断る」


「おいおい、新しい若頭ってのは随分と頭が固いんちゃうか?天鬼 剣はもっと話の通じる男やったで?」