「…まだいいだろ」
「でも那岐もいろいろ忙しいんじゃないの…?」
「別に平気だ」
ぐっと腰を引き寄せられてしまえば、彼の膝の上で向かい合う形になってしまう。
ふわっと広がるシャンプーの匂いは同じはずなのに、どこか違うように香る。
微かに開いた窓から吹き抜けるそよ風は、サラサラした黒色と、私の胸付近まで伸びた茶色を揺らした。
那岐の部屋は畳とフローリング、障子にガラス窓といった和モダンなお部屋。
間接照明があったりしてお洒落だなぁって毎回思う。
「…懐かしいな」
ふっと、目の前にある形の良い唇が優しく引き上がった。
「やっぱり昔もこうしてた…?」
「あぁ。抱っこなりおんぶなり毎日してやった」
確かにこうされてるとすっごく落ち着く。
なんていうか眠くなるっていうか、離れると逆に不安になりそうだ。
「俺はどっちかっつうと今みたいに抱っこのほうが好きだったが」
「っ、」
それはきっと私にしか見せない顔。
優しいのに悪戯で、とっても愛情深く見つめてくる。
「───顔がよく見えるからな」
記憶の中の少年とは見た目も声も手の大きさも全部がぜんぜん違うのに、同じだ。
「…ねぇ那岐、赤とんぼ歌って」
「……忘れた」
「うそっ!前は歌ってたのに…!」
2歳まで私はここで暮らしていたらしい。
その空白の14年を埋めるものは、彼から聞く思い出話だ。



