「那岐、私ちょっと周りを散歩してきてもいい?」
「あまり遠くへは行くなよ。迷子にでもなったらどうする」
「そんな子供じゃないってばっ」
酔った男たちのどんちゃん騒ぎには慣れるほうが難しい。
絃はスッと立ち上がると下駄を履き、今では着慣れた着物をパタパタ靡かせて小走りで駆けて行った。
「絃織ちゃん呑んでる?」
「いや…」
「あらぁどうしたのよ、こういうときくらい羽目外したっていいのに」
顔をほんのりと赤くさせて隣に座った雅美。
「姉さん」と俺は呼んでいるが、もちろん血縁関係はない。
義母の友人であり、昔からこうして気にかけてくれた1人だったためにそう呼んでいた。
「ちょっと私情でな。酒は控えてる」
「…また何か意味深なのね」
この女は頭が良い。
そして周りをよく見ていて空気感が分かる人だった。
深読みもしなければ踏み込もうともしないし、それでいて察してくれてしまうから俺も頭が上がらない。
「…ねぇ、絃織ちゃん」
そっと、俺の膝に重ねられた手。
細く白い女のものだが、唇と同じくらい真っ赤に塗られた爪が極道の女だということを表してくれる。
「あまり無理はしちゃ駄目よ。あなたは昔から1人でぜんぶを抱えて背負おうとするんだから」



