このふたりは私の事情も知っているから、こうして黙って聞いてくれる。
そして深く踏み込もうとしない。
私が話せば何も言わずに聞いてくれるだけだった。
そんな空気感に実はいつも感謝している。
「まぁ、ぜんぜん思い出せないんだけどね!それも夢かもしれないしっ」
あの男の子は誰なんだろう。
ずっとずっと昔、まだ私が物心ついていないときだろう。
歩けるようになったばかりの自分の手を繋いでくれた少年。
私より年上で、格好いい男の子。
私はそのひとが大好きだった───なぜかそれだけは思い出せる。
「おうじさま…、そう王子様っ!!私の初恋は王子様なの!」
夢に出てきた白馬に乗った冷たい王子様じゃなくてね?
転んだらそっと手を差し出してくれるような。
『お前だけは俺が絶対に守るよ』
記憶の中の男の子も、いつも私にそう言ってくれていたような気がする。
「いとー、戻ってこーい。だめだ完全に自分の世界に行ってる」
「卵焼き貰っちゃお」
そんな今日、まさか白馬に乗った王子様が目の前に現れるなんて、このときの私が思っているはずもなく。
そしてそれが、白馬の王子様なんかじゃなく。
まるでそれは黒ベンツに乗った───悪者。



