大きな括りとして四大精霊を「光」と考えるのなら、それと相対する「影」がいても不思議ではない。
 エルヴァスティでそのような精霊がいると聞いたことはないが、かの国に住まう精霊術師だって人の身、世界の全てを知るわけではないのだ。
 しかしそうなると初代大公ハーヴェイ・オルブライトが提唱した「神的存在の表裏一体説」というのも、もしかすると世界の真理に近かったのではなかろうか。全ての神的存在に負の側面があるとする考えは、光と影の切っても切れない関係によく似ている。

「僕の血筋を狙うということは……やはり初代大公殿下が起点なのでしょうか」
「そう考えるのが妥当ね。最初の大公様も急死じゃなくて本当は行方不明だったなら、影の精霊に誘惑された可能性が高いわ」

 問題はエドウィンや初代大公を含めた犠牲者がいつ、どこで影の精霊に見初められてしまったのか──答えは簡単、大公国北方の戦場だろう。
 四大精霊が暖かな陽射しや清澄な空気を好むならば、影の精霊は夜闇や淀んだ空気を好むはず。つまり血で血を洗う戦場は、影の精霊にとって非常に息がしやすい場所なのだ。
 そして最後にもう一つ、リアは重要なことをエドウィンに告げる。

「あとはバザロフの遺跡よ。あそこにはきっと影の精霊にまつわる何かがある」

 師匠がわざわざ名指しで接近を禁じた遺跡。クルサード皇帝が封鎖を命じたのも、確か征服戦争が終結し、初代大公の急死が広まった後ではなかっただろうか。
 ──二十七年前から今日に至るまで、大公家の呪いと言われていた現象は全てバザロフの遺跡に起因する。
 この仮説が正しければ、という前提は付くものの、すんなりと辻褄が合うのも確かだった。

「……リア、もしかしてバザロフに行こうとしてませんか」
「え!?」

 唐突に図星を突かれ、リアは思考の海からざばっと顔を上げた。
 引きつった顔で仰いだ先には、少しばかり驚いた様子の、それでいて頭痛を堪えるかのようにかぶりを振るエドウィンの姿が。

「確かに納得できる話ですが……危険かと。お師匠殿からも禁止されているのでしょう?」
「そ、そうだけど、でも影の精霊を宥めるか追い払うかしないと……エドウィンを助けられない……」

 声は尻すぼみになってしまった。
 四大精霊の誘惑を事前に断ち切ることは不可能に近いとされていて、それは影の精霊も同じかもしれない。否、性質が真逆ならば拒絶することも可能ではと、リアの中で迷いと希望がせめぎ合う。
 いずれにせよエドウィンにはあまり時間が無いのだ。たとえ四大精霊のアミュレットを完成させたとして、それで大公家が影の精霊から逃れられるわけでもなし。最悪、その血筋が途絶えぬ限りは根本の解決にならない。
 やはり遺跡に行って、影の精霊を追い払う術を模索すべきだ。リアが再び決意新たに顔を上げた直後、不意に視界が暗くなる。
 いつの間にか伸ばされていた手に背を引かれ、リアは斜光を遮るように抱き締められていた。エドウィンの陰った瞳をそろりと見上げると、彼が苦笑を滲ませる。

「……リアの気持ちは嬉しいですが、一人で遺跡に忍び込もうなどとは考えないでください。その……捕縛されてしまいます」
「捕縛」
「はい。どうしても行くと言うなら、大公殿下に許可を頂いてきますから」
「そっか、そうよね……あっでもエドウィンは来ちゃ駄目よ! 影の精霊が本当に遺跡にいたら、大変なことに──」

 唇に押し当てられた人差し指を、リアは寄り目になりながら凝視した。
 やわらかな仕草で簡単に言葉を封じ込めてしまったエドウィンは、滑らせた手で頬を引き寄せ、こつりと互いの額を突き合わせる。

「もしもあなたが遺跡で……それこそ影の精霊に見初められでもしたら、僕が救われることはなくなるでしょうね」
「え……」
「精霊に人気なのでしょう? リアは」

 彼は眉を顰めつつ、リアの編み込んだ黒髪を視界の端で()る。
 確かめるような眼差しを注がれ、リアはたじたじに頷いた。

「そうね。お師匠様から言われた……」
「なればこそ、目に見えぬ不確かなものに、大切な人を奪われるのはもう嫌なのです」

 ふと脳裏を過ったのは、伯爵夫人──優美に微笑むエスターの肖像画。
 エドウィンの母は根も葉もない噂と悪意によって魔女狩りに遭い、それが直接の原因ではないにしろ、結果的に命を落としてしまった。ゆえに彼は本物の魔女とも言えるリアのことを、出会った当初からずっと心配してくれていたのだろう。
 人々の悪意からも、得体の知れぬ精霊からも。
 軽率に「大丈夫」だとか、厚意を撥ねつけるような発言はしてはいけないなと反省したところで、はたと首を傾げる。

「大切って……あ、そうよね。私、エドウィンを助けなきゃいけないもの」

 差し詰め彼にとっての英雄。リアが何とも大それた例えに満足する一方、エドウィンは何かを言いかけては口を噤み、曖昧な笑みを浮かべたのだった。