「一人で、大丈夫です」

 小さく頷いたアリーシャに「そうか」とポンポンと頭を叩く。
 アリーシャが離してくれないなら、風邪を覚悟で側についているつもりだった。少しだけ安心する。

「何かあれば呼びに来てくれ」

 立ち上がると、脱衣所に向かう。
 中に入る前に振り返るが、背を向けて座ったアリーシャはピクリとも動かなかった。

(本当に何かあったら呼びに来るか)

 さすがに、そこまで子供ではないと思うが、今日のアリーシャは何をするか予想出来ない。
 早く休んで、立ち直って欲しい。
 半乾きのシャツを脱ぐと、脱衣籠に放り投げたのだった。

 それでもやはりアリーシャが心配で、手早くシャワーを浴びるとすぐに部屋に戻る。
 電気はついたままだったが、空になったカップが置かれていただけで、アリーシャの姿はなかった。
 念の為に自分のベットを確認すると、横になった人影が見えたことから、既に寝たのだろう。

 屋敷から出てなくて一安心すると、電子メールを立ち上げる。
 やはり、上官のプロキオンから安否を確認する連絡が来ていた。
 先程の雷は、オルキデアの屋敷近くの避雷針に落ちたようで、ここを含めた数軒が停電の被害に遭ったようだ。
 それ以外に、王都に被害は無いらしい。
 出動する必要がないとわかり安心する一方で、早急にプロキオンに連絡をするべきだろう。

 プロキオンに返信を送ると、それ以外でプロキオンや部下たちがメールで送ってきた急ぎの案件に目を通して、指示をまとめた文書を作成する。
 しばらくの間、指示書を作成していると、ふと人の気配を感じて顔を上げる。

「アリーシャ。眠れないのか?」

 薄手の寝間着姿でやって来たアリーシャは、ふらふらとオルキデアの元にやって来る。

「風邪引くぞ。何か掛けないと……」

 毛布か何かないかと、立ち上がって机周りを探していると、「あの」と声を掛けられる。

「さっきはありがとうございました。自分でも、どうしたらいいのかわからなくて……」
「……大したことじゃない。気にするな」

 俯いていたアリーシャだったが、ゆっくり顔を上げると、泣きそうな顔で何かを訴えようとしていた。

「どうした?」
「私、これからもオルキデア様の側に居たいです。オルキデア様の側が一番安心出来るので……」

 先程の取り乱したことを言っているのだろう。オルキデアは「それは構わない」と頷く。

「この一時的な結婚が終わっても、他に好きな男が出来るか、ここを出て行きたいと思う時まで、ここに居てもらって構わない。
 最も、俺はあまり帰って来れないかもしれないが……」
「そうじゃないんです!」

 言葉を遮ると、首を大きく振る。
 大きく息を吸うと、覚悟を決めたように顔を引き締めたのだった。

「私、貴方のことが好きです!」

 虚をつかれたように、一瞬、オルキデアは大きく目を見開く。

「それは、以前と同じように友人としてか?」

 以前、友人としてオルキデアが好きと、アリーシャに言われたことがあった。
 また同じ意味かと聞くと、今回は否定された。

「私が好きな男性はオルキデア様です。他の人は考えられません……!」
「アリーシャ、君は……」
「本当の意味で、夫婦になれなくても構いません。オルキデア様が他の人が好きになったらそれでも良いです。
 ただ、側にいられるなら、どんな形でもいいんです! 使用人でも、愛人でも、捕虜でも、ペット以下でも、なんでも!
 これからもずっと一緒に居たいです!
 貴方にもっと相応しい女性になって、貴方の力になりたい……」

 一気に話したアリーシャは肩で大きく息を吸うと、また話し出す。

「もう守られてばかりは嫌なんです! 私も貴方の隣で、貴方が私を守ってくれるのと同じくらい、貴方を守りたい。
 だって、私は貴方のことが、好きだから……!」

 その言葉を聞いた途端、オルキデアは目を伏せたまま、アリーシャの元に足早に向かう。
 そうして、その華奢な肩に触れたのだった。