「社長が病気で、もう長くないらしい。」
「え......?」
「今も、体に鞭打って働いてるんだ。」
私は、水を飲もうと手を伸ばしたグラスを、危うく落としそうになった。
社長には、何度か挨拶をしたことがあった。
父の友人と言っても、家族ぐるみで付き合うような間柄ではなかったけど、私たち家族にはよくしてくれていた。優しくて、いい人。
思い返せば、アメリカの大学も紹介してくれたのは神谷社長だった。
初めて聞く話に動揺し、胸がギュッと締め付けられる。
「すぐにでも世代交代が必要だって言われてるけど、ちゃんと秀介さんがパートナーを見つけて、安心させてくれるまではって粘ってるんだ。自分が生きてるうちに、なんとか縁談をまとめたかったらしい。」
「それで、うちと?」
「結果的にはね。友人の娘って言うのもあって、安心して任せられたんじゃないかな。」
同情した......というわけじゃないけれど、罪悪感に苛まれた。
事情を知らなかったとはいえ、逃げるように結婚を破談にさせたのは間違いだった。矢島さんとの結婚や私の人生を壊された父への怒りから、思い通りにさせてなるものかと頭に血が上っていた。
感情に任せるばかりで、いろんなものが冷静に見られなくなっていたんだ。