「たしかに、体の弱い桜ばかり気にかけてしまう。それはいくつになっても、変わらないかもしれん。でも、あの電話で言ったことは、お前を大事に思っていないからじゃない。むしろその逆だった。」
そう言ってハンチング帽を掴み、目を隠すようにギュッと深く被り直す。
「その、あれだ。うちにはいるだろ。......矢島くんが。」
久しぶりに聞いた彼の名前。気を遣う父が、言いづらそうに名前を出すのにハッとした。
いつから、考えないようになっていただろう。
この半年、千秋さんとのことばかり考えて、悩むことと言ったら彼とのこと。3年も付き合って、結婚まで考えていた矢島さんの名前を聞いても、何一つ動揺していない自分がいる。
正直、驚いていた。
「桜のためなら、私の目を盗んででも家へ帰ってきただろう。だから、せめても晴日を傷つけたくないと言ってな。あれでも、自分が悪者になったつもりで精一杯やってたんだ。」
今日は、驚いてばかりいる。
すぐには信じられないことばかり。まさかと思うことが多すぎて、なんだかだんだん可笑しくなってきた。
含み笑いする私は、そのままボーッと黙り込む。
その時、気になったように目線だけを後ろに向ける父の様子が視界に入り、思わず口が動いていた。

