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遂にやってきたその日の朝は、いつもよりも雲が多い空模様に心なしか自分の心まで曇っているように感じた。
屋敷の前に豪華絢爛な馬車が停まっており、何事かと様子を見に来る人々の影が窓の外で揺れる。
華奢な体にフィットするようなドレスで着飾ったイリアは、化粧を施す侍女達の手が微かに震えているのに気づく。
中には目には涙が滲ませる者が必死に堪えながら、イリアの身支度を済ませていく。
まだ今日が最後になるわけではないと言い聞かせても、突然の出来事にもう二度と会えなくなるのではないかと心のうちを話す侍女をそっと抱き寄せた。
手のかかる娘だとどこかで囁かれていてもおかしくはないと思っていたが、こんなにも親身になってくれる者が近くにいたことを嬉しく思った。
養子としてやってきた自分をここまで世話をしてくれた侍女達には、頭が上がらない思いでいっぱいだった。
「ありがとう」
その言葉を紡ぐので精一杯になるイリアの本に、エリーがやって来る。
「イリア、出発の時間よ」
「はい、伯母様。じゃあ、行ってきます」
侍女達に手を振って部屋を出ると、歩く廊下ですれ違う屋敷で働く者達が深々と頭を下げていく。
皆、イリアが王家に嫁ぐということに驚きと寂しさを感じているのか笑顔で送り出せる者は少なかった。
皆に見送られながら屋敷の外へと出ると、王家の紋章が刻まれた制服を身に纏う一人の使者に馬車の扉を開けて中に入るように案内される。



