雨も降っては居ないのに地面が妙にぬかるんでいて歩きにくさを感じつつも、今はただ早くその場に着きたい思いで前へと進む。
森の拓けた場所に出ればそこには大きな口を開けた縦穴、ネクリアへと到着する。
ここへ来た当時はこの穴には警戒心むき出しだったというのに、今ではただの大きな玄関にしか思えなくなっていた。
それ程までここに愛着と安心感を宿しているのだ。
いつものようにヴァイルを呼ぶ角笛に息を吹き込むと、音は鳴らないものの空気の振動が微かに耳に届いた。
暫く待てば風を切る音と共に翼を羽ばたかせる音が聞こえてくる、はずだった。
風が流れる音だけがイリアの耳に届くだけで、一向に誰かがやってくる気配を感じられなかった。
「ヒューリ!!」
縦穴の奥底目掛けて大きな声でその名前を呼ぶが、暗闇の中に消されるように声は反響することなく消えていく。
二人がやって来ないこの緊急事態は始めてで、どうしたものかととりあえずその場にしゃがみ込む。
ーー早く会いたいな。
じっと縦穴の暗闇を見つめ、そこからやってくるはずの好きな人の姿を待つ。
気づいた時にヒューリのことを思い浮かべる自分に、首を振って考えを改める。
明日には婚約者となるこの国の王子と並んで歩くのだ。
想い人が他にいるなどあってはならないことだと自分を叱咤し、このままじっと待っていると余計に彼のことを考えてしまうと鞄の中から道具を取り出し薬草の調合をし始める。



