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普段見慣れた景色をこんな遥か上から眺めることは初めてで、広がる夜空の下で風を切りながら進む。
小さく見える自分の街はガス灯の夕焼け色で淡く燃えている。
そんな景色を眺めながら、二人は一言も交わさずにヴァイルの背中で風を感じていた。
着慣れないドレスが風に踊らされる度に、舞踏会でのあの言葉が脳裏に浮かび上がる。
安心できる人がこんなにも傍にいるというのに色々と考えてしまうのは、やはりヒューリのことを好きと意識してしまったせいだった。
ただ単純に一緒に居られる時間が楽しいという感情だけで過ごし、嫁ぎ先が決まったら簡単にさようならが出来たはずだったのだ。
恋というものを自覚したイリアには、ヒューりはあっさりと切り離すことのできる存在ではもうなくなってしまった。
今後訪れる未来に不安ばかりが募り、感じる体温を独り占めしたくなってしまう。
ーーこんな感情、ヒューリにぶつけたら……きっと困るんだろうな。
ずっとドラゴンの研究をする傍らで、自身の持つ知識を披露していただけのヒューリに、イリアの感情を伝えた所で答えは目に見えていた。
自分はドラゴンとカデアトに住む人達の治療法を見つけ出すだけの存在であって、本来だったら交わることのない者同士だったのだ。
お互いの生活を崩すようなことが起きるだけでなく、世界の秩序を崩しかねないのだと自分に言い聞かせることしかできない。



