当時の思い出に浸っていたイザークは、頭巾を指先で撫でる。あれ以来、自分も精霊魔法を使えるようになりたいと必死でティルナ語習得に励んだ。
 同じように身につけることができればシンシアに近づけるような気がしたからだ。

 戴冠式で再会できた時は心が歓喜で満たされた。すぐにでも話しかけたかったが立場上、軽率な行動はできずもどかしかった。
 シンシアを見ていると、どうしても頬が緩みそうになる。だから彼女が挨拶をしに来た時、いつも以上に表情を引き締めて対応した。そのせいで彼女を若干怖がらせて避けられてしまっているので事情をきちんと説明したい。

 イザークが苦悶に満ちた表情をしていると、カヴァスがにやつきながら言った。

「恋しいからって頭巾に頬を擦り付けたり、匂いを嗅いだりしないでくれよ」
「俺を一体何だと思っている。そんな変態染みた行為、するわけないだろう」

 熱心に撫でていることをカヴァスがからかってきたので眉間に皺を寄せる。
 皇帝という立場になって気が置けない人間はキーリとカヴァス、二人の幼馴染みしかいない。表向き渋面になるイザークだったが悪い気はしなかった。

「ここで頭打ちというわけではないさ。まだいくつか手段は残してある」
 カヴァスが自信ありげに答えるのでイザークはまだ望みはありそうだと気を緩めた。


「引き続き全力で探し出してみせます。――というわけで私はこれからアマンダ嬢と会う約束があるから失礼するよ」
「前に口説いていたドナとクレアはどうなったんだ? あとこの間はコニーと食事にいったばかりだろう?」
「おおっと、何のことやら。私は単純にお喋り好きで交友関係が広いだけだよ」

 困った表情を浮かべるカヴァスは誤解だと両手を挙げる。
 何度も二人で出かけることをデートと言わないのは無理がある。絶対に相手の方はデートだと認識しているはずだ。
 いつか激高した令嬢に刺されないか、イザークは女たらしの幼馴染みの身を案じた。