ミーティングは滞りなく進み、予定より早い45分ほどで終了。
「お見送りします」と立ち上がった青木さんに、森川社長が告げる。
「今夜また、みんなでお食事でもいかがですか? 今度は私にもお店を紹介させてください」
 クライアント、しかも社長からのお誘いだ。「是非」と言うべきところだろう。
 私はついまりこと青木さんの反応を目で追った。まりこは口角こそ上げているが、目元が明らかに動揺している。青木さんは、いつものようにヘラッと笑顔を見せた。
「あー! すみません! 僕、今日は先約があるんですよ」
 え、うそ。断った?
 青木さんなら断らないと思っていた。先約の相手はまりこなのだし、彼女だってこのチームの一員。まりことの約束を一日二日延期したって特に問題はなさそうなのに。
 それとも、まりこを優先したくなっちゃうくらい、入れ込んでいるということ?
「あら、そうなの?」
「僕も是非行きたいので、別の日にしてもらっても構いませんか?」
「もちろん。私としても、みなさん全員をお連れしたいと思ってますから」
 森川社長は特に気にする様子もなく、チーム一同で見送る中「それではまた近々」と和やかに言ってわが社を去った。
 彼女の姿が見えなくなったところで、私たちは自分たちのオフィスへ戻る。
「沼田さん、提携サロン募集のフォームなんですけど」
「うん」
 私と広瀬は細かい仕様のことを話しながら前を歩いていたのだけれど、後ろを歩く青木さんとまりこの会話が、耳に入ってきてしまった。
「青木さん、さっきはありがとうございました」
「ん?」
「社長のお誘い、私のために延期してくれましたよね?」
「いやいや、こっちの方が先約だし、当然だろ」
 胸の痛みを散らすため、静かに深呼吸。
 私はただ彼のことを勝手に好いており、彼が気まぐれにちょっかいを出してくるのを喜んでいるだけで、彼の気持ちが別の女に向くことに対して文句を言う権利などなにもないのだと、しっかり自分に言い聞かせる。
「……って感じにしてほしいんですけど、できますか?」
 広瀬に問いかけられて我に返る。背後のふたりに意識を向けすぎて、全然聞いていなかった。
「え、ごめん、もう一回聞いてもいいかな」
 広瀬は嫌な顔ひとつせずにもう一度、おそらくさっきよりゆっくりわかりやすく話してくれた。
「うん、大丈夫。調整しておくね」