私が大地先輩に振られたこと、そして青木さんが理沙先輩に振られたことは、インターネット事業部周知の事実だ。
 加えて、振った振られたの関係はありながら私たちがいい関係を築いていることも周知の事実だ。
 だから私たちは、誰よりも丸山夫妻の結婚を祝福しなければならなかった。いや、夫妻と周囲にそう思わせなければならなかった。
 周囲に丸山夫妻が振った相手に当てつけをするような非常識な人間であると思わせないために。
 そして私たちが、傷をえぐられたかわいそうな敗者であると思われないために。

 誤解してほしくないのだけれど、私たちは彼らの結婚を心から祝福している。
 私たちはただ、私たちのせいでふたりの結婚にケチがつくのが嫌だった。
 彼が二次会で酒をたくさん飲んだのは、楽しんでいることを演出するため。
 私が理沙先輩の言葉に号泣したのは、感激していることを演出するため。
 楽しんだのも感激したのも嘘ではないけれど、周囲からの見え方を気にしてオーバーに振る舞ったのは否めない。
 彼が酔い潰れたふりをしてトイレに篭り適度に酒を抜いたのは、この秘密のミッションを最後までちゃんとこなすためだろう。
 私が自分から進んで彼を回収したのは、彼を好いているということ以前に、その意図に気づいていたからだ。

 本当の意味で役を果たした私たちを乗せたタクシーは、私の自宅の方へ向かっている。
「これからどうする?」
 私は外の景色を見ながらそう尋ねた。
 これが「もう少し一緒にいよう」を遠回しに伝えていることは、彼も理解していたはずだ。
 もう暗いし、疲れているし、ふつうならここで解散する。
「もう酒は飲みたくない」
 聞こえてきた声質から、彼も窓の方を向いて告げたのがわかった。
 こちらも遠回しではあるが、私のリクエストへの承諾だ。
「じゃあ、コーヒーでも飲む?」
「どこで?」
「うちで」
 この三文字を告げるのに、私がまあまあの勇気を振り絞ったのは言うまでもない。