まさか、それも私からチョコをもらうため?
尋ねる間もなく体を強く引かれ、彼のひざの上に乗せられた。
彼はもう一度深くキスをして、今度は首筋に唇を落としはじめる。
「私からチョコをもらう前にまりちゃんとどっか行ったくせに」
「ちゃんと戻ってきただろ」
「私が残業せずに帰ってたらどうしてたの?」
「家まで回収しに行くつもりだった」
「そこまでする?」
「するよ」
そこまでするのに、まだ好きだとは言ってくれないの?
もうよくない? 私たち、こんなにピッタリくっついて、お互いのキスの癖から下腹部にある盲腸の手術痕のことまで把握しているのに、付き合っていないことの方が不自然だよ。
……という気持ちを、視線に込める。
伝わっているのかいないのか、彼もやけにまじめな顔で私を見つめ返している。
欲しい言葉は出てこない。
ああ、なんて綺麗な顔。入社当時は全然私のタイプではないと思っていたけれど、ちょっと色素の薄い目も、男性らしい骨っぽい鼻も、温かくて柔らかい唇も、全部好きだ。
もうそう口に出してしまいたい。
かすかに口を開けた瞬間、ふたたび彼の唇が私のそれに重なった。
さっきまでとは違う優しい口づけだ。
うっかり漏らしてしまいそうになった言葉は、音声になることなく彼に飲み込まれてしまった。
……危なかった。
「それ、あとどれくらいで終わんの?」
彼がパソコンのディスプレイを指す。アルファベットの羅列を読み解き微調整する気力は、彼に吸い取られて残っていない。
「今日はもういいかな。別に明日の朝イチまでってわけじゃないし」
「じゃあもう帰ろうぜ」
「うん。そうする」
彼のひざから降りる前に、彼の口に付着してしまった私のリップを指で拭った。
唇からはみ出した無造作なコーラルピンクは背徳行為の証のようで、無性に官能的に見えた。



