フラれもの同士(原題:頑固な私が退職する理由)


 オフィスとトイレの中間地点にある、自販機やベンチのあるスペースで彼を待ち伏せることにした。
 壁と観葉植物があるので通路に顔を出さねば姿は見えないけれど、トイレとの往復なら必ずここの前を通るから彼を捕まえやすい。
 自然な雰囲気を醸し出すため、スマートフォンのICカードで飲み物を買い、ベンチに座って飲みながら彼を待つ。
 間もなく彼の足音が聞こえてきた。音だけで彼だとわかってしまうあたり、自分でもちょっと変態っぽいなと思う。
 音が近づくごとに少しずつ緊張が増していく。
 そろそろだ。
 いったん深呼吸して、立ち上がろうとした時。
「青木さん!」
 オフィスの出口から聞こえてきた高い声に驚き、私は立ち上がるタイミングを失った。
「おー、曽根。お疲れ」
「お疲れさまです。今、ちょっとだけいいですか?」
「うん。どうした?」
 まりこは小走りで彼の方へ向かう。このスペースの前を通り過ぎていったけれど、彼のもとへまっしぐらに向かう彼女は私の存在に気づいていない。
 彼女の手には今朝見た洋菓子店の紙袋。香水を付け直したのか、トップトーンのフレッシュな香りが私にも届いた。
「あの、これ。今日はバレンタインなので、チョコレートです。もらってください」
「えー、いいの?」
「青木さんにはいつもお世話になっているので、特別です」
「うわー、これ美味しいやつじゃん。ありがとう」
 彼の喜ぶ声に胸が鋭く痛む。
 私の方が早く行動に出たのに、なんという皮肉な状況だろう。
 私以外の女からのチョコを喜んでいるところなんて見たくなかった。
「えっと、それで。青木さん、このあと時間ありますか?」
「え? あー、少しだけやることあるけど、それが終わってからなら……」
「じゃあ、そのあと! 私にお時間ください!」
「うん? ああ、別にいいけど」
「よかった! じゃあ私、先に下で待ってますね!」
 ふたたびまりこがこのスペースの前を通りすぎていく。彼女は小走りでオフィスへと向かい、またしても私の存在には気づかなかった。
 ……そんなことより。
 青木さんが、まりこの誘いに応じた。
 これからふたりでどこかへ行くらしい。