フラれもの同士(原題:頑固な私が退職する理由)


 この日、青木さんが会社に来たのは定時を過ぎてからだった。
「お疲れ~」
 仕事を終えた社員が帰宅する流れに逆らってオフィスに入ってきた彼の顔は疲れている。
 加えてほんのり赤い。今日は最高気温が5℃にも届かないと天気予報で言われていたが、外は本当に寒かったようだ。
 チョコを渡すタイミングを図るため、自分の仕事をしながらチラチラと彼の様子をうかがう。
 椅子にバッグを置き、パソコンを取り出し電源に繋ぐ。マフラーを雑に外しコートを脱いで、思い出したようにポケットを漁って社用のスマートフォンを取り出してパソコンの横に置いた。
 いったんパソコンの画面を立ち上げ、ロッカーへ移動。コートとマフラーをハンガーに掛け、鏡で前髪を直して扉を閉めた。
 そしてデスクには戻ることなくオフィスの外へ。彼の行動パターンから、トイレだろうと推測できる。
 渡すなら、戻ってくるタイミングかな。
 私はバックからスマートフォンと彼宛のチョコを手に取り、ジャケットのポケットに入れてスタンバイ。
 今年はどんな感じで渡そうか。
「はい、あげる」
「くれんの? やったぁ!」
 初めての年はこんな感じだった。“ついで”という感じを出してそっけなく渡したのに、思いのほか喜んでくれたのを覚えている。
「お先に失礼します。チョコ、あげます」
「ありがと。これ食って続きも頑張るわ」
 ある年は納期に追われている最中で、こんな感じだった。
「なぁ、今年はくれねーの?」
「……欲しいの?」
「え、ないの?」
「あるけど」
「へへ、さんきゅ」
 このように、彼の方から催促してきた年もあった。
 どの年もこの日はちょっとドキドキした。彼もたぶん、ちょっとくらいはドキドキしていたと思う。
 今後私たちの関係がどうなったとしても、会社でチョコを渡すのは今回が最後になる。
 最後だから真面目な感じで渡してみようか。それともいつものノリで冗談を交えながら渡そうか。ライバルも出現したことだし、少しだけ気があることを滲ませてみようか。
 考えながら席を立つ。
 そろそろいい頃合いだろう。