フラれもの同士(原題:頑固な私が退職する理由)


 2月14日。
 とうとうバレンタインデー当日だ。
 バッグに青木さんのために厳選した甘さ控えめのチョコ菓子と会社のみんな用のチョコを詰め、家を出た。
 朝に駅で会えたら電車で渡したいなと思っていたのだけど、今日はいないようだ。仕方がないので昼休みか仕事のあとにでも渡そうと決め、ひとりで出社した。

 デスクに着いてパソコンを立ち上げる。社内システムにログインし、「出勤」のボタンを押す。
 システムの「在籍状況」の一覧表によると、彼は朝から都外のクライアントに直行しているらしい。戻りは夕方になる見込みとも書かれている。
 青木さんはディレクターという立場もあって、抱えている案件が多い。部下に仕事を任せるのが上手いとはいえそれなりに自分でも仕事は抱えているので、本当はわりと多忙だ。
 今はスリステの準備がおおむね済んで、次の仕事に力を入れているところだろう。
 私はスリステの仕事が最後になるけれど、彼はこれからもこの会社で活躍し続ける。私が彼にバレンタインチョコを渡すのも、もしかしたらこれが最後になるかもしれない。
「愛華さん、おはようございます」
 聞き慣れた声がして、反射的に振り返った。
 やけに新しいコートを着ているまりこは、バッグと同じ手に洋菓子店の紙袋を携えている。2年前に私も利用したお店の袋だ。ちゃんとリサーチして、真剣に選んだことがうかがえる。
「おはよう、まりちゃん」
「今日はバレンタインなんで、みんなにチョコを持ってきたんですけど、愛華さんにはとてもお世話になっているので、特別に。感謝のしるしです。もらってください!」
 紙袋の中から小さな箱を取り、眩しい笑顔で差し出す彼女のかわいさに目眩がする。
 男性なら、こんなことをされてはひとたまりもない。
「ありがとう! いいの?」
「もちろん! いつもありがとうございます」
「私もチョコ、買ってきたんだ。さっきお菓子置き場に置いたから、まりちゃんも食べて」
「はい、頂きます。愛華さんのチョコ、いつも美味しいから楽しみです」
 彼女はきっと、広瀬にも青木さんにも同じことをするだろう。
 ただし青木さんには、特別なチョコで。