フラれもの同士(原題:頑固な私が退職する理由)


 密かにふたりの様子を気にしつつ、私は話を続ける。
「約款や決済サービスとの連携など、クライアントの方にも確認していただくべきところがいくつかあるので、よろしくお願いします。こちらが一覧表です」
 プリントアウトした表を手渡しながら青木さんの顔をうかがう。
「ありがとう。助かる」
 いつも通りで、特に浮かれた様子はない。
 まりこの気持ちを知ったら、青木さん、きっと嬉しいだろうな。
 若くてかわいい、夢を持って仕事に励んでいる、ちょっぴりドジな彼好みのヒロイン体質。
 年齢は少し離れているけれど、9歳差なんて大人になれば大したことはない。世の女が年収の高い男を好むように世の男は若い女を好むらしいから、ともすれば好都合だ。
 彼女には私のようにバカみたいなコンプレックスもないだろうから、想いが成熟すれば自分から告白だってできるに違いない。
 彼に恋をしてすぐに垢抜けた彼女の潔さを見ると、自分のくだらなさ加減に気づかされる。かつて理沙先輩たちの関係を壊そうとして失敗し、大々的に敗北を感じた時のように。
「沼田?」
 呼ばれてハッと我に返る。
 彼に差し出した紙を握ったまま放していなかったようだ。
「あ、ごめんなさい」
「大丈夫か? 素材ができてから連日遅くまで作業してたもんな。疲れてんだろ」
 たしかに数日残業したけれど、大して疲れてはいない。しかしながら、ただあなたのことを考えてボーッとしていただけです、と正直に言うわけにもいかない。
「そうかも。今日は定時で帰ります」
 後輩に心乱されてパフォーマンスを落とすなんて、カッコ悪。
 心の中で自嘲し、ヘラッと笑顔を見せる。そして短く息を吐き、ミーティングに集中するよう雑念を払った。
「来週までに必ず仕上げたいので、今週中に森川社長から返事をもらってください」
「わかった」
「それでは、サイトについてもう少し詳しい説明をしますね。まずはスマートフォン版のトップページのーー」
 ウジウジするなんて私らしくない。私は誰かに抜け駆けされるリスクを承知で自分から告白しないと決めたのだ。
 この程度のことで揺らいでどうする。