フラれもの同士(原題:頑固な私が退職する理由)


 私が小さく「え?」と漏らした声は、ふたりの「はーい」「わかりました」という返事に紛れた。
 やることって、なに?
 私は青木さんに視線を向けるが、彼はしれっと自分の周りにある小道具をまとめ広瀬に手渡す。
 ふたりはそれから5分ほどでスタジオを出た。
 重い扉が閉まると、静かな室内にふたりきりになる。
「やることって? 私、なにも聞いてないんだけど」
「まあまあ。とにかく座ろうぜ。立ちっぱなしで疲れただろ」
 青木さんに促され、セットのソファーに深く座る。彼の言う通り疲れていたので、座った途端に下半身すべてが弛緩していく感覚がした。

 スタジオは暖房が利いているし、ここは強い照明が当たっているため少し暑い。
 彼はスーツのジャケットを脱いで他のセットへ雑に放り、私の横に座った。ただし肘を背もたれに載せ、体をこちらに向けた態勢だ。
「なによ。じろじろ見ないで」
 彼は真顔になると目力が強く端正さが際立つ。見つめられると不可抗力で胸が疼き、落ち着かない。
 それを悟られたくなくて、私はムスッと顔をしかめた。
 彼はクスッと鼻で笑い、私の頭に手を載せた。そして軽く髪を揺らす程度に撫でる。
「今日は本当に頑張ったな。お疲れ。ありがとう」
「……っ!」
 唐突にかけられた優しい言葉に、私の涙腺が崩壊した。
 こらえる間もなく涙がボロボロとこぼれる。顔はムスッとしかめたままなので、不細工な泣き顔になっているに違いない。
 今朝まりこにネイリストが来られなくなったと聞いた時からさっき撮影が終わるまで、崖っぷちに立たされたように怖かった。不安だった。悔しかった。腹立たしかった。
 結果的にうまくいったけれど、ずっと精神的にしんどかった。
 青木さんはそれに気づいてくれていた。
 そして頑張った私を労ってくれている。
 ずるい。ずるいにもほどがある。
 いつもからかってばかりのくせに、私がキツい時は必ず優しさをくれる。
 もう何度こう思ったことだろう。
 こんなの、好きにならないわけがない。