「でもわかるなぁ。愛華さん、育ちがよさそうですもん」
「そう言ってもらえると母が喜ぶと思う」
 沼田家に生まれ育った母はとても厳しい(父は婿入りした他会社の社員)。
 私も姉も、鑑美屋の名に恥じない女に育つよう言い聞かせられ、ありとあらゆる面、特に「育ち」と表現される部分においては厳格に教育されてきた。
 そのおかげで今の私があるし、感謝している。
 ただし母にとって、私は失敗作だろう。
 私は姉と違って、母の望む鑑美屋に従順な娘には育たなかった。

「沼田の詮索はそこまでにして、そろそろミーティング始めるぞ〜」
 青木さんが気の抜けた声をあげた。メールを送り終えたようだ。
「はーい」
 各々席につき、タブレットで資料を開く。
 話し合いに向けて準備を整え顔を上げると、彼とばっちり目が合った。
「仕切りは沼田の方がいいよな?」
 当たり前のように告げられた青木さんの言葉に、後輩ふたりはうんうんと頷く。
「……またですか? ディレクターのくせにサボらないでくださいよ」
 私がじろりと睨め付けるも、彼はヘラッと笑って気にとめる様子はない。
「このチームの実質的なリーダーはおまえだろ。今の段階で俺なんか全然役に立たねーもん」
「開き直らないでください」
「別にいいだろ。本当のことなんだし。適材適所がスムーズじゃん?」
 相変わらず軽くてチャラい。この軽いノリでどんどん人に自分の仕事を振り分けるのが彼の常套手段……いや、常套手口だ。
 しかしながら、いつだってそれを“無理やり押し付けられた”とは思えないのだから不思議だ。
「まぁ、今回の案件についてはそうですね。それでは新しい資料を共有します。ファイルにアクセスしてください」
 悔しいので、これが手腕であるとは認めないことにしている。
 加えて、惚れた弱みであるとも断じて認めない。