フラれもの同士(原題:頑固な私が退職する理由)


 私に連絡をくれたのは、私が何年も通っているサロンのネイリストだった。
 彼女は主婦業のかたわらひとりで自宅サロンを経営しているのだけれど、同い年というのもあって意気投合し、今や友人でもある。
 友人にビジネスの話をしたくなかったのでネイルシールの営業などは一切していなかったのだけれど、今日は緊急事態だったので、もし時間が空いていたらと思い連絡していたのだ。我ながらファインプレーだった。
 彼女にも予約のお客さんがいたのだが、気心の知れた常連ばかりなので交渉がすんなりいったのだという。
「これからすぐに来てくれるそうなので、クローズの写真も予定通り、ネイリストさんに施術してもらった手足を撮れそうです」
 私は大きく喜びの声をあげてしまいそうになるのをこらえ、変わらぬ笑顔をキープすることに注力した。
「あ、そうなんですね」
「よかったです」
 モデルとカメラマン、そして森川社長がにこやかに言葉を交わす傍ら、まりこは扉のところで密かに安堵の涙を流しはじめた。
 彼女は私に向かって深く頭を下げ、社外の三人に泣いていることがバレないよう、スタジオを静かに出ていった。本日二度目のメイク直しが終わり次第、元気に戻ってくるだろう。
「止めてしまってすみません。では、撮影を続けましょうか」

 午後7時過ぎ、撮影は滞りなく終了した。
「今日はこれで以上になります。お疲れさまでした」
 急な変更にも柔軟に対応してくれたモデルとカメラマン、そして急きょお客さんの予約を変更してまで手伝ってくれたネイリストの友人に厚くお礼を述べ、見送る。
「本日は本当にありがとうございました」
「ご協力に感謝します」
「来てくれて本当にありがとう。お礼はあらためてするね」
 森川社長とはそれから少しだけ今後の打ち合わせを行った。
「スタジオでの撮影なんて初めてで楽しかったです。動画も写真もいいものが撮れたので、仕上がりを楽しみにしてます」
 クライアントである彼女が満足そうにそう言ってくれたので、私たちはようやく愁眉を開くことができた。
 森川社長を見送り、あとはスタジオの片づけだ。荷物はそう多くないが、いったん会社に戻る必要がある。
 なにから手を付けようかと考えていると、青木さんが広瀬とまりこに声をかけた。
「俺と沼田は、ここでちょっとやることあるから、荷物持って先に会社に戻っててくんねぇ?」