フラれもの同士(原題:頑固な私が退職する理由)


 私の最寄り駅は地下鉄の始発駅なのだが、青木さんの乗換駅でもある。
 降車駅も使う出口も同じなので都合のいい車両も同じだし、お互いが来る時間もだいたいわかっている。
 だから朝の通勤時、駅のホームに行くと青木さんがいる、なんてことは珍しくない。
「おっす」
「おはよう」
 週に数回は、こんなふうに顔を合わせる。

 ここは始発駅なので、後発の列車に乗ればおおむね座ることができる。
 私と彼は隣同士に座り、各々本を読んだりスマートフォンをいじったり、どちらかの体に寄りかかって眠ったり、好きに過ごす。他の乗客の迷惑になるので、ペチャクチャしゃべったりはしない。
 会社の最寄り駅までは20分ちょっと。
 見合いのこともあって彼との脆い関係にすがりたかった私は、今日は彼に寄りかかって過ごすことにした。
「私、寝るね。着く頃に起こして」
「おう。俺の袖によだれ垂らすなよ」
「ベッチャベチャにしてやるわ」
 冗談を交わしながら、遠慮なく彼に体重をかけた。彼も私が体を預けやすい態勢を取ってくれる。何年もこんな通勤をしている間に、お互いがジャストフィットする態勢は把握済みだ。
 ハグでストレスが緩和することが科学的に証明されているらしいけれど、こうして肩を借りるだけでも多少心は安らぐ。
 触れ合っているところが私の鼓動に合わせてかすかに脈打ち、徐々に温かくなった。

 朝の青木さんは、整髪料やシャツの柔軟剤でフローラルな香りがする。
 夕方になるとそれらのフレッシュな香りが飛び、汗などが混じってまろやかなにおいになるのだけれど、私はそっちの方が好き……なんて言ったらちょっと変態っぽいから口には出さない。
 薄目を開けると、彼はスマートフォンを操作していた。少しだけ画面が見えたが、どうやらビジネス系の電子書籍を読んでいるようだ。
 チャラチャラしているくせに、まじめだなぁ。
 フフッと笑うと、振動でそれを感じ取った彼が小さく言う。
「重いぞ」
 それを聞いた私は、さらに彼の方に体重をかけて対抗する。
 当然密着度は上がるし、はたから見ればカップルが朝からイチャついているように思われるだろう。
 しかし私たちは、ただの同僚なのだ。