「ビックリさせてごめんね。実家と、上京から10年以内に家業を手伝う約束だったの。大学進学の時に上京したから、今年でちょうど約束の10年なんだ」
 そう答えると、ふたりは納得しつつも不満げに頬を膨らませた。
 青木さんもこの会話を聞いてはいるようだが、やはり乗ってはこない。がむしゃらにメールを打ち続けている。
「ご実家って、京都でしたっけ」
「うん」
 東京(こっち)では京都弁を話さないようにしているので、あまりイメージはないかもしれない。
「家業って、ご実家で会社をされてるんですか?」
「そうなの。うちは分家だから、大きな会社ではないけどね」
「へぇ~。本家とか分家とかあるんだ。沼田さん、お嬢様だったんですね」
 広瀬が感心したように顎をかく。今どき本家や分家だなんて、あまり聞かないだろう。
「まぁ、否定はできないかな」

 そう。私はいわゆるお嬢様だ。
 本家は明治創業の老舗呉服店である鑑美屋(かんびや)。鑑美屋グループと銘打ってアパレル関係の会社をいくつか持ち、それぞれ分家が経営している。
 私の実家――というより母が営んでいるのは、鑑美屋の中でも高級なドレスやそれに合う宝飾品を扱う、株式会社鑑美苑(かんびえん)という会社だ。一般の人にはあまり馴染みはないけれど、ホテルやブライダル施設、高級クラブ従事者には知られたブランドを3つ展開している。
 鑑美屋グループの中では、本家鑑美屋に継いで二番手という扱いだ。
 ここまで聞くととっつきにくい感じがするかもしれないが、それ以外の分家は大衆向けのアパレル会社を経営している。西日本には多く出店しているので、グループの中での格はともかく、そちらの方がかえって有名だったりする。